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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

学生にとって講義出席はステータスに過ぎない

「あまり真面目に勉強してないよ」発言を何度かしてしまったのは失敗でした。学生の学習態度に疑問を呈すってことができなくなる。でもやっちゃいます。ちょっとさすがに、講義での学生の態度があまりにあまりかなーと思ったんで。レポート的にまとめておきます。ちなみに某文系の大教室での授業の話。

気になったのはこんなところ。

  • 室内なのに帽子や上着を脱がない
  • 中途で入室した学生が堂々と教授の前を横切る
  • 講義が続いていても、終業の鐘が鳴れば帰る準備

上着を脱がないってのはこの時期仕方ないのかもしれませんけど、帽子というのはどうなんだろう。普通屋内に入るときは帽子は取るものでは? 人と相対するときも帽子は取るべきだし。

二番目は結構ひどい。どういうことか少し説明を加えますと、教室の構造上、前にしか扉がないんです。また大教室での授業だと、遅刻して来ると前の方しか席が空いていないことが多々あります。普通、こういうときは前方に席があるとはいえ、後ろを回ってから席に着く(あるいは後ろの席で詰めてもらう)べきかと思うんですが、堂々と前の扉から入って講義している教授の前を横切り、そのまま前列の席に着く学生が少なくない。せめてかがんだ姿勢ぐらい取ればよいのに、それすらなし。

三番目は六割近い学生に当てはまるのではないかと。講義が延びてしまうのは避けるべきことでしょうけど、鐘がなると同時にわらわらっと私語が聞こえ始めるのは失礼というか、不思議で仕方ないんですよね。だって講義を聴き続けていれば、そういうことにはなりませんから。

人と相対している自覚がないのではないか

これがもし、教授と一対一で行われる講義だったらいかがでしょう。おそらくその学生は、先に挙げた三つの態度のいずれも取らないと思います。一対一なら「教授に見られている」といやがおうにも自覚しますし、他者を相手にしたコミュニケーションがそこに生まれるはずです。

大講義だとこれが一対百近くなりますから、「教授に見られている」という自覚は薄くなる。あまり熱意のない学生であれば、おそらく尊重すべき存在として、教壇に立つ教授を認識すらしてないんじゃないでしょうか。

学生にとって講義出席はステータスに過ぎない

さすがに人数だけで原因を述べてしまうのは乱暴すぎるので、もう一つ思うところを述べておきますと、一部の学生にとって、講義出席はステータスやポーズに過ぎない、ということです。特に、勉強があまり好きではない学生にとって。

勉強が好きではないのに、何故講義には出席するか? その理由は二つあると思うんですが、一つは単純に、出席状況が評価に響く授業のとき*1。もう一つは「俺は授業に出てるんだよ!」とアピールしたいとき。例えば普段休みがちな学生が、たまに授業に来てみて注目浴びてみたりとか、授業来ないと友達に心配されるとか。実家から通いの学生なら親へのメンツもあるでしょうし。そういう層は一定以上いると思うんです。変なものですけどね。

そういう単なるアピール、ステータスとしての「出席」がほしい学生は、講義自体には意味を見出さないので、先のような態度を取っても不思議ではありません。彼らにとっては教授の話を聴くことではなく、授業の開始時刻から終了時刻まで席に座っていることが「出席」なわけですから。

お前はどうなの?

最後に一応自分のことを言っておきますと、サークルなどで授業を休むことも少なくないんですが、その分出るときは真面目に受けるよう努力しています。だから逆にこういう態度が目に付いてしまうんですよね。

うーん、まとまらないエントリー。何か解決策とか思いついたら追加で上げるかも。

*1:物によっては響かない。つまり授業でなくてもレポート出すだけとかで単位取れちゃう