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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

興味関心を「ひとつ」に絞る

大学でゼミに入りました。これまでは必修を除いて何の制限もなくさまざまな授業を取っていましたが、これからはゼミで自分の「専門分野」に関する研究を集中的に進めていくことになります*1。僕の属しているのは社会科学系等の学部なので、社会科学の学問分野から専攻とする学問をひとつ決めることになります。

参考:wikipedia:社会科学

僕は興味を「絞りたくない」

どちらかといえばこれまでの僕の講義の取り方は、自分の関心分野だけにこだわらず幅広い分野の講義を取るというものでした。社会科学には政治学、経済学、国際社会学、メディア論、教育学、社会心理学などなど、さまざまな側面から社会を切り崩した、実に多くの学問が存在します。まァ社会を一側面から見ててもつまらないし、どうせならあらゆる視点を手に入れてみようという楽観的な考えです。

それがこれからは一分野を集中的に研究することになる。僕の専攻は社会言語学ですが、当然この分野に特化して強くなることになる。逆を言えば、それ以外の分野に関しては疎くなる。政治や経済に関しちゃそこまで深い知識を持てなくなるわけです。穿った言い方ではありますが。

大学は入学するときに学部を選び、その後理系なら研究室、文系ならゼミでさらに専攻を絞っていく。どうせなら絞らず色んなことをやらせてくれればいいのにーとも思います。まァ、実際やる気になれば複数のゼミを取るなどの手もあるといえばあるのですが。

他人から見れば興味を「絞ってほしい」

話は変わりますが、僕のブログは「○○のブログ」と定めてやっているものではありません。日常やネットの中で気付いたこと、何か書きたいことを形にしているだけで、ジャンルを限定してはいない*2。それはジャンルを限定することで、書けることの幅が当然ながら狭まってしまうからです。何の縛りもなく、自由にいろんなことを書いていたい。だからジャンルの制限は設けずにブログを始めました。

結果的にボカロ系のエントリーが人気を得やすいという傾向はできてきたものの、サイドバーのカテゴリ欄を見ればお分かりの通り、だいぶ多分野に渡ってエントリーを上げて来ています。これでもいくつかすでにカテゴリを消していますし、あまり増えすぎないようには気をつかっているのですが。

カテゴリが増えると、こっちとしては割と楽しいです。何でも書けるので。でもたぶん、読む方としてはどういうブログだと見て読めばいいかわからないし、カテゴリに節操がないとどこから手を付けたらよいのかわからないんじゃないかと思います。どちらかというとジャンルが絞られているブログの方が手を付けやすいし、毎回自分の求めているジャンルの記事が来るであろうから、RSSやアンテナにも入れる気になる。

閑話休題。ときに僕が困るのが、「大学で何を勉強しているの?」と聞かれることでした。自分でこれと限定していないので、なかなか「○○を勉強しているんです」と一言では答えづらい。結果的にはやむを得ず「えっと……社会科学の関係をいろいろと」などと言うことになりますが、そうすると「社会って広くね? 具体的に何よ?」ということになる。相手からしてみれば、漠然と広い関心を持っている人は掴みづらい印象を抱くんだと思います。勝手に想像するところ、就活でも苦労しそうだなと。

関心分野が広いことは悪なのか

関心が狭い分野に絞れている人は、それをもって自分という人間を表すひとつの符合を持っていることになる。そういう人は他者から「どういう人間なのか」を把握してもらいやすいし、おそらくそれだけコミュニケーションも簡単になる。

それじゃあいろんな分野の摘み食いをして、自分の関心を絞れないことはダメなことなのか。「ダメ」というと抽象的ですが、「やっていきにくくなる」ことは事実ではないかと。おそらくそういう人は、自分自身「私がどういう人間なのか」ということを説明できないことが多いんじゃないかと思います。僕自身、少々その気があります。

関心を絞らないことは、「いろんなことをやってみたいんだ」といえば聞こえはいいですが、「自分という人間を構築する」ことから逃げているとも言えます。進学で学部や分野を選ぶときには、もう後戻りができないことが多い。だから怖くなるという人もいるのではないかと。

少なくとも自分の関心領域を持つことは、社会に出る上での武器になります。私はこういう人間だと周りにアピールし、その分野に関してはエキスパートだと自信を持つことができます。器用貧乏という言葉がある通り、複数分野にまたがることはあまり日本では良い目で見られません。

それでもマクロの目を

で、なかなかオチになるような主張はできないんですが、理想は自分の特化した分野をひとつ持つと同時に、マクロな視点も常に持ち続けることではないかと思うんです。社会科学では、ひとつの分野だけでは問題を解決できないことがあります。地球温暖化対策は経済学の観点から見ればコストのかかるマイナスの事業とも捉えられますが、環境経済学の観点から見ればプラスの要素が多いかもしれない。社会はさまざまな連関で成り立つものなので、その全容をミクロな視点だけで捉えることはできません。

私はこの分野に関しては多くの知識を持っているから、Aという主張をする。でもどうやら、別の分野からはBという主張があるようだ。ということはこの問題は、Cとも言えるのではないか。こういう視点が理想です。今書いていて、これはホッテントリに群がるトラバの図ではないかと感じました。

精錬された言論を唱えるためにも、まずは一つ、特化した分野を持つこと。そんなこと、もっと早いうちに気付けって話ですがね。さて、うちのブログの特化分野は……やはりボカロですかねェ。

*1:もちろん、ゼミ以外では今まで通り自由に授業を取れますが。

*2:なんかボカロ関連多いですけどね。