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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

ブログにおける悩ましき口調問題

ブログ

ブログを書くとき、口調と一人称をどうするかというのは誰もが直面する問題だと思う(僕だけ?)。丁寧調にするのか断定調にするのか、なんか語尾につけてちょっと違う口調を装ってみるのか。一人称は「僕」か「俺」か「私」か「わし」か「小生」か……一人称ってめっさめんどい気がしますね、日本語って。

口調というと、どうもブログサービスごとに特徴があるような気もする。はてダは断定調が多い印象。一方、アメブロやらヤフブロは丁寧調が多いかな。丁寧調といっても「〜しました」というよりは、「〜しましたぁ☆」って感じであったりするんだけど。これははてダに考察ものや解説ものなど、自己表現系ブログが多いのに対し、アメブロ・ヤフブロはコミュニティ内での会話系ブログが多いことに理由があるんじゃないかなんて思ってる。はてダにもコミュニティ意識はあると思うんだけど、アメブロ・ヤフブロみたいな「慣れ慣れ」した感じではないし。

丁寧口調の長所・短所

これまで、このブログは丁寧調を基本として用いてきた。何故かといえば、最初はやっぱりそっちの方がやりやすかったからに他ならない。初めてブログを書いてドキドキしているようなとき、いきなり断定調でぶっきらぼうに書くよりも、丁寧調で書いた方が心に保険がかけられるのは確かだった。何より言及のときは丁寧調がやりやすい。断定調だと自分で自分に対し「お前、何様だよ」と言いたくなってくる。あるいはそれまで書いていたmixi日記が断定調だったので、自分の中で差別化を図りたい意味もあったと思う。

しかし、ここ最近になって、どうも丁寧調に窮屈さを感じてきた。僕は普段、まァ当然ではあるが丁寧調で会話することはほとんどないわけだ。今は学生の身分なので、上下関係があるとしたらバイト先の上司、サークルの先輩、ゼミの教授、それぐらい。数えても20人かそこらしかいない。その普段使わない口調で、はたして本音が書けるかといえば疑問があった。

そしてもうひとつ、どうも丁寧調だと聞き手を想定して書いてしまうクセがあるらしい。自分のブログを読み返すと、「〜ですよね」だとか、「〜なんですよ」などという、いかにも相手を説得するような表現がいくつも出てくる。これは何故なのかわからないが、大体丁寧調で会話するときは相手がいるから自然とそうなるんじゃないかと思っている。独り言を丁寧調で話す人間などいないわけだ。

自分が最も自然になれる口調

というわけで、しばし丁寧調をやめてみようと思い至った。今、すでに実験的に断定調で書いているのだが、これがまァなんとも慣れない……むずがゆい思いがする。単に慣れていないだけなのか、自分は断定調でブログを書くのが合わない人間なのかはまだわからにないので、取りあえず「しばし」断定調を使って様子を見ようと思う。これは僕のブログなんだから、好きに変えたらいい。

ちなみに一人称は今まで通り「僕」を使っていく。リアルで使っている「俺」に変えてしまうと、ネットの自分とリアルの自分との差別化ができなくなってしまうように思うからだ。いや、ネットとリアルで異なる「自分」がいるなんてのは幻想だとは思う、けど、ここにいるのはあくまでchrojuという名を持つ「僕」である。名前を変えた時点で、リアルな「俺」とは違うんじゃないかと思っている。

自分が最も自然なchrojuになれる口調は何なのか。見極めていきたいと思う。