そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

角川の掌の上で『消失』を読む

今何かと話題のハルヒシリーズ、その4巻にあたる『消失』までを読んだ。実際読んでみると、『消失』が最高傑作と呼ばれていて、アニメ第2期が待ち望まれている理由がよくわかった。うん、確かに『消失』のインパクトはすごかった。それまでの3冊はこのためにあったんだと言いたくなるぐらい。

以下、ネタバレ含む。

『憂鬱』との対比に見る『消失』

読んでいて『憂鬱』を思い浮かべずにはいられなかった。そう、実際やっていることは『憂鬱』とあまり変わらないのだ。今とは違う世界にキョンが迷い込み、そこでどちらの世界を選ぶのか二者択一を迫られ、結果として元の世界に戻るために様々な人たちの協力を得ながら奮闘する。細部でいろいろ違いはあるんだけど、基本線はまったく同じと言っていい。ただ、この類似点自体は作中で触れられているので、谷川流自身も、そしてキョンも自覚している。

でも、決定的に『憂鬱』と違う点がある。それはキョンにとって、どちらが「非常識」な世界なのか、そして涼宮ハルヒがどこにいるのかという点だ。『憂鬱』では、キョンはハルヒと共に非常識な世界に飛ばされた。そして彼女に反発されながらも、元の世界へ帰ることを望んだ。

俺は戻りたい。こんな状態に置かれて発見したよ。俺はなんだかんだ言いながら今までの暮らしが好きだったんだな。

一方の『消失』では、キョンは一人で「常識的な」世界に取り残された。ハルヒは彼と離れる結果になった。そこで彼が選んだ答えは、ハルヒに会いたいということ、そして非常識でぶっ飛んでいようが、元の世界に帰りたいということだった。

「なんてこった」 吐いたセリフが白い息となって散っていく。俺はハルヒに会いたかった。

俺は、迷惑神様モドキなハルヒと、ハルヒの起こす悪夢的な出来事を楽しいと思っていたんじゃないのか? 言えよ。「あたりまえだ」

非常識な日常に「やれやれ」と溜息をついていたキョンは、『消失』において、そんな日常を楽しんでいたことに気付く。これは4巻と冊数を重ねた谷川流が、読者に今一度確認したいことだったのかもしれない、とも思う。ハルヒのもたらす奇妙な世界は楽しいか?と。この物語を、もっと読んでいたいと思うか?と。キョンの答えはイエス。では、あなたは?と。

こうした問いかけ、そしてキョンの出した答えは、「現実に帰ろう」と呼びかけるエヴァの最後と対照的で興味深かった。まァエヴァも「元」に戻ろうとしたという点では、キョンと同じ答えを出しているのだけれど。

今、新たにハルヒを読むということ

それにしても、角川のマーケティング戦略には本当に恐れ入る。今僕がハルヒを読んでいる、そのことをもたらしたのは他ならぬ、角川だ。

ブームというのは一過性だ。到来しているときには爆発的な人気を得られるが、その後確実に下降線を辿る運命にある。これが曲者で、3年前にブームになったラノベを今更読もうという人間がどれだけいるかって話だ。消費者心理としても、かつてのブームよりも今のブームを追いかける人が多いに決まっている。継続的に人気を得られるのは、一部のモンスタークラスのコンテンツだけだ。

ハルヒにも当然、ブームの下降期は訪れた。ここ2年ぐらいは、さすがにアニメ放映時ほどの人気はなかったんじゃないかと思う*1。だが、決して角川はブームを終わらせはしなかった。アニメ第2期の制作決定を早々と打ち出し、それへの期待感でファンを維持し続けた。結果、その戦略に嫌気がさしてしまったファンもいたが、多くの読者は2期を今か今かと待ち続けた。『笹の葉ラプソディ』のお祭り騒ぎを見れば、ハルヒ人気が3年間継続し続けたことがよくわかる。

そして何よりスゴイのが、最初のブームから3年を経た今、第2次ブームを起こして新たな読者まで獲得しようとしていることだ。今回のハルヒアニメは第1期のエピソードを含めて放送されている上、YouTubeにもアップされているので、第1期を見ていない人、さらにはテレビ本放送を見逃した人でもついていくことが容易い。通常、アニメの続編と言えば前作の「続き」なので、どうしても一見サンお断りになってしまう部分がある。だが、角川はその障壁を見事に取り除いた。

おまけに2期の目玉と目されるのは、原作ファンの中でも人気が高い『消失』だ。新たにハルヒを読もうという人でも、ネットでちょっと調べれば『消失』の評判を聞くことができる。そこで興味を持ってくれれば儲けもの、アニメに先駆けて『消失』まで買ってみようというファンが出てくる。そう、まさに今の僕だ。まんまと角川に乗せられている。だけど嫌な感じはしていない。


今年、ハルヒは今一度息を吹き返すだろう。さらに発売延期のままになっている『驚愕』が出れば、もう誰にも止められなくなる気がする。そこまで来たら角川、本気でスゴイ。何かエグイやり方な気もするけど、それでも乗せられてしまうのだろうな。ひとえに全ては、涼宮ハルヒの「世界を変える力」故じゃないだろうか。読者やアニメ視聴者はもちろん、京アニも角川も、谷川流も、すべてが彼女によって振り回されている。そう考えてみたくもなる。

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
谷川 流 いとう のいぢ
角川書店
売り上げランキング: 244

涼宮ハルヒの消失 (角川スニーカー文庫)
谷川 流 いとう のいぢ
角川書店
売り上げランキング: 290

*1:それでもハルヒはラノベ界では売上の高いものだと思うけど。