そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

「20世紀少年」に見る実写版の意義

20世紀少年 第1章 終わりの始まり 通常版 [DVD]
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先日の金曜ロードショーで実写映画「20世紀少年」の第1章を観たので、今更感ありありだけどレビューっぽいものを書いてみる。テーマは「20世紀少年」単体というより、実写版という文化全体について。ちなみに僕は「20世紀少年」原作を途中まで、ちょうどカンナ初登場シーンの辺りまでしか読んでいない。つまり別の言い方をすれば、今回の第1章にあたる部分のみ読んでいることになる。

ディティールに凝った実写版

まず感想を述べると、予想していた以上に楽しめた。もっとバタ臭いB級映画を想定していたのだが、その実「エンターテイメント」と呼べる映画として形が出来ていたと思う。特に大きかったのは、エピソード順を並び替えて「血のおおみそか」の詳細シーンをラスト10分ぐらいに盛り込んでいたこと。これにより終盤の山場を作ることに見事成功していたし、観ている側としてもストーリーを飲み込みやすかったんじゃないだろうか。

そして何より、マンガの雰囲気をそのままに受け継いでいてニヤリとさせられる。この点に関しては実写映画としてはトップクラスじゃないだろうか。主要キャストはさすがに「イケメンすぎ」「美人すぎ」な配役も取り入れて体面上のバランスを取っていたが、脇役のキャスティングが相当すごかった。特にツボだったのは幼少期のヤン坊マー坊。もう完ッ璧にマンガから飛び出してきたイメージそのまんまの憎たらしさで、嫌悪感を通り越して笑えてしまった。他にもドンキー殺したヤツの隣にいた、あの、なんかメガネとか(ごめんなさい)、チョーさんとかね。すばらしかった。キャスティングのみならず、演出も実にマンガチックだった。ピエール一文字刺殺シーンのコマ送りとか、「私はコリンズ」で「ともだち」が泣くシーンの台詞の間とか。ああいう細部のディティールに凝れるあたり、さすが堤幸彦と言わざるを得なかった。

残念な点ももちろんあって、尺の都合上とはいえカットされたいくつかのエピソードが痛かった。オッチョのタイのシーンを描かなければ、彼の本性というか、人間離れした体力、裏の世界に通じた人脈などは理解しきれないだろう。あとケロヨンは結婚式が丸ごと省かれてしまったので、存在感が完全に無くなってしまっていた。これで後々大丈夫なんだろうか?

原作レイプという観点

さて、「20世紀少年」はマンガの雰囲気を崩していないという話をしたが、これは実写版の制作において真っ先に求められる要素の一つと言っていい。この要素を著しく無視した結果、悲惨なほどのブーイングを浴びたのがハリウッド版「DRAGON BALL」だった。いわゆる「原作レイプ*1ってヤツだ。

アニメの場合は二次元という点でマンガと一致しているため、実写版ほど原作レイプは起こりえない*2。それでいて音、動きの演出という点で「原作にはないもの」を新たに提供してくれる。つまり、アニメ=マンガ+αの存在だと僕は捉える。

実写版は二次元で音も色もなかったものを三次元の「現実」に転換する作業なので、「原作レイプ」は起こりやすくなる。絵なら原作に似せて描くことは容易だが、似た俳優を持ってくることはときに難しい。事物の動きや演出も、マンガでは「現実には起こりえない」描写がされる場合があり、それを実写にしたときに違和感が生じる可能性がある。そしてそこに音やCG、演技が乗ってくる。実写版=マンガ×?+αである。?の中身によっては簡単にマイナスにもなりうる。

だが、ここでいうαとは何だろうか。

マンガそのままの実写版に意味はあるのか

20世紀少年」は、原作に忠実であるか?という観点で言えば合格点を出していい。ほぼマンガそのままだ。だが、マンガに忠実すぎた実写版に意味はあるのだろうか。マンガとそっくりな実写版を見るのなら、マンガを読んでいれば済む話なんじゃないだろうか。僕は今回の「20世紀少年」に対しては、そういう感想を抱かざるを得なかった。この続きにあたる部分を僕は知らないのだが、続きをマンガで読むことも来週の放送で見ることも、僕にとっては等価値になってしまった。

原作レイプ」な実写版は叩かれる。ではそうではない実写版は、それだけで十分な価値を持ちうるのか。視聴者は本当に満足なのか。ここで必要なのが先のαではないだろうか。実写でしか描けないもの。それはマンガの世界にないリアルさであったり、生の感覚だったり、いろんなものが考えられる。実写でなければならない映像表現は確実にあるのだ。そしてそれが求められるからこそ、実写版は作られる。

20世紀少年」第1章は、見る限りそういったものを捨象して、完全なまでにマンガチックに仕上げているように見えた。例えば「血のおおみそか」や羽田空港爆破のシーンは、映画ならではのスペクタクルに仕上げることもできたはずだ*3。だが描かれたのはあくまでマンガと同一のシーンのみで、多大な犠牲者や街の混乱といった描写は何も追加されていない。世界規模で事件は起こるが、マンガ同様不自然なまでにケンジの周辺のみがピックアップされる。

堤幸彦は、本当に原作を大切にこの映画を作ってくれたと思う。その点は賞賛したい。しかしマンガの忠実な再現としての実写版に対して、僕はニヤニヤすることしかできなかった。「原作レイプはしていない」というレベルの実写版は、ファンにニヤニヤされるだけで終わってしまう恐れがある。これはわがままな要求なのかもしれないが、「実写版」はさらにそこから先へ行かなくてはならないのではないだろうか。実写版「DEATH NOTE」のLが、「松ケンL」として、役者の力を借りて一人歩きしたように。

すべてのバスケを凌駕したSLAM DUNK

ついでに言うと、アニメにも実写版にもなりえないマンガ作品というのも存在すると思う。個人的にはSLAM DUNKがそれだ。あのマンガで演出されているスピード感、試合の臨場感、読後の爽快感が、アニメや実写で表現できるとは到底思えないのだ*4。あの作品は現実以上にリアルに、スピーディーにバスケットボールを描いていた。マンガでしか描けないものを描いていた。マンガがリアルを超えてしまったとき、それを実写にすることは出来ないんじゃないだろうか。

*1:レイプという表現はあまり使いたくはないが、一般的なので使うことにする。

*2:それでもオリジナルエピソードの挿入などで「原作レイプ」は起こりうる。

*3:それが好評を得るかは別とする。

*4:アニメ化はされているが、筆者は未見。