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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

スペシャリストを偽り今日も語る

その他

駄文。

ネットではなかなか、自分で「売り」にできるものを持っていないと活動するのが難しいとよく思う。ブログのSEOとして「ジャンルをひとつに絞れ!」ってのがよく言われるわけだけど、この「ひとつ」の得意ジャンルを持てる人ってなかなかいないよね。逆を言えば、それをかなり濃厚に、強硬に持っている人は人気を得やすい。

ネット上の有名人はいろいろいると思うが、誰をとっても「その人は○○な人だ」というのが実に言いやすい。特にidは上げないけど、「id:○○といえば、この話題には必ず顔を出す」みたいな特色をみんな持っている。ブログに限らずとも、はてブの傾向、Twitterでの人格など、それは随所において発揮される。要はネット人格がコンテンツと化していると言ってもいい。

その点、ある意味で現実世界よりも人間関係を構築しづらいんじゃないか?ネットは。リアルな人間関係は、別に特色だとかクラスタなんてものはどうでもいいときがある。つながりの軸となるのはむしろ「場所」だ。職場、学校、家族、ご近所。気付けばそこに人がいるわけで、あとはコミュ力さえ一定以上に発揮できれば人間関係は成る。つまり、構築すべき関係はすでに用意されている。まァ勿論、そこからさらに親友(笑)とか呼ばれるものにクラスアップしていくには、別の軸が必要になるわけだし、人気者になるにはやはりコンテンツ性を持っていなければならない。

ネットだと「場所」なんてものはない。「はてなー」とか「ついったらー」みたいな広義の場所は存在しているが、ただそれだけを軸に構築される人間関係は極めて薄い。ブクマのエントリーページで、隣に並んだ人とおしゃべりしないだろ? 誰かと関係性を持ちたいのなら、ブログを書いたり、フォローをしてみたり、自らアクティブに行動するしかない。そして相手を引きつける魅力を持っている必要がある。その人と付き合うメリットがないならRSSの講読は解除される。お気に入りからは外される。リムーブ(@Twitter)はまァ、そこまで頻繁にされるものではないけど。

ところで、匿名の場合だと単純に「場所」だけで関係が作れたりする。2chがこの意味では最も顕著なのだが、要は人格に結びついた「コンテンツ性」というものが存在しない故なんだろう。2chで活動するのに必要なのは、決して飛びぬけた個性などではなく、むしろ場に馴染める力、空気を読む力なのだ。

閑話休題。自分のことについて言えば、僕はそこまで誇れる得意ジャンルは持っていない。VOCALOIDを基本軸に活動してはいるが、聴いている曲の数はたぶん圧倒的に少ないし、知識もないし、音楽的な感性もまァ、それほど自信を持っていない。それでもネットで生きていたいし、何かを発信していたかったので、僕はスペシャリストを「偽る」道を選んだ。頑張ってそれっぽいフリをする。多少知識に自信がなくとも、調べてエントリーを書いてみる。そんなこんなで何とか9カ月やってきた。こう書くとブログで騙してきたみたいに思われるかもしれないが、別に嘘を書いてきたわけではないよ。

というより、偽ることで逆説的に得られるものがあるのだ。たぶん、ネットで活動している人は何かしら努力をしている人なんだろう。天然で「コンテンツ」たる人もいるかもしれないが、それは稀だ。ブログを書き、Twitterでつぶやき、自分の人格をつくり、アウトプットし。HNはコンテンツを表す名となっていく。結果的にいろんなものがついてくる。それは目に見えにくいし、ひょっとしたら「虚像だ」と批判されたりもするが、それが欲しいから、それを得ることに何らかの喜びを見出せただから、僕はここにいるのだ。ときに自分の非力を嘆き、悔しくもなるけど、それでも今あるこの場所が、僕にはとても心地いいのだ。

スペシャリストは、ネットで人気を得やすい。スペシャリストであろうとするものもまた、ネットで何らかの居場所を得られる。そんなことに興味がない人間は、最初からネットには来ないんだろうな。