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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

Twitter ビフォー→アフター

※このエントリーは以下のエントリーを受けて書かれたものです。

Twitter始めて1カ月ちょい経ったので、そろそろ振り返ってみる頃合だろうか。お陰様で順調につぶやき続け、すでにポストは1600回を越えています。いい感じにはまってきてると見ていいんじゃないでしょうか。実際、こういうのはやってみると視点が変わるものです。というわけで、1カ月前のBeforeな自分が呈した「3つの理由」について、Afterになった自分が再検証を重ねてみます。ちょっと長いのでご容赦を。

3つの理由を振り返る

1. コミュニケーションが意外に緩くない

Twitterはフォロー、フォロワーという関係で、誰に対して発信しているかが明確だ。そのつぶやきはつまり、一対特定多数のコミュニケーションという形を取る。これってユルいのだろうか。相手が目に見えていると、やっぱり読者を想定して「つぶやき」の幅が狭められることにならないだろうか。

えーと、結論から言えばそれなりに「緩い」と思う。だがそれでいて、しっかり「つながれる」場がTwitterであると。

確かに「自分の発言を誰が見ているか」はフォロワーという形である程度明確になっているのだが、だからと言って「読者によって『つぶやき』の幅が狭められる」ってことはあまりない。結構好き勝手に適当なことつぶやいてる。そして別に、それが咎められることはまずない。つぶやきは無意味でいいのだ。それが嫌なら、まあリムられるだけだ。

それでいて「つながり」は確かに維持されている。気になった発言があれば@を飛ばしてみたり、あるいはReTweetしてさらに広げてみたり。そりゃ「知らない人にいきなり呼びかけるのは気が引ける」という人もいるだろうし、自分もだいぶその気がある。でも1カ月もフォローして発言を追っていれば、徐々にその人がどういう人なのか、どういう発言に対してなら反応してくれそうかはわかってくる。「知らない人」だったのに、どこか身近に感じてくる。@を飛ばさずフォローするだけでも、確かに誰かとつながっている感覚がTwitterにはある。誰もいない家に帰ってきても、TLに行けば誰かがそこにいる。

2. 発信へのモチベーションが曖昧

ブログ以上に「誰に向けて」「何を」「何の為に」発信するのかが曖昧な気がする。

これは今でも曖昧なままだ。まず「誰に向けて」は先にも書いた通り、あまり考えていない。「何を」も……明確な基準はない。今見てる面白いエントリーを知らせてみたり、ちょっとしたぼやきをポストしてみたり、ちょっとでも「誰かに伝えたいな」と思ったことは片っ端からつぶやいてる。

一番難しいのはおそらく「何の為に」だ。実はこれもかなり曖昧なのだが、人によっては「何の理由もないのに何をつぶやけばいいの?」と疑問を覚えると思う。「なんでつぶやくの?」は、なかなかTwitterでは鬼門となる質問なんじゃないだろうか。僕だったら……うーん、「そこに誰かいるから」と答えるかなあ……。むしろ目的のないつぶやきこそ楽しかったりするし。この辺り、理解できない人には理解できないだろう。でも、理解できないままズブズブはまってしまう人も少なからずいる。

3. ブログ、ブクマとの棲み分け問題

アウトプットツールとしては、すでにはてダとはてブを活用しているので、これ以上増やす必要があるのか疑問に思う。 (中略) Twitterを使い始めると、ブログ等で発していた言論がすべてそこに集約されてしまう可能性もあるらしい。

これはまったく問題なかった。ブログ、はてブTwitter、そしてさらにTumblrまで始めたのだが、今のところすべて目的が被ることなく使い分けられている。

まずブログとTwitterの違いで言えば、単純に長いか短いか、反射的な発言か熟考した「文章」かだ。例えばこのエントリーをTwitterにポストしろと言われても、無理だ。あまりに長すぎてTwitterには適しないし、構想もかなり長時間練る必要がある。またポストしたものを後に見返す、管理するという観点から言えば、ブログがTwitterに圧倒的に勝る。ブログは過去ログに飛ぶことも比較的たやすいが、Twitterではなかなか難しい。

はてブTwitterもまた、この「保存性」という観点で使い分けている。面白かったエントリー、役に立ちそうなエントリーを、後から見返すためにとっておくための場所がはてブ。誰かに知らせることを主眼においた場所がTwitter。両者を混同することは基本的にない。

Twitterを始めて変わったこと

有効な情報収集手段になった

特にbot系アカウントをフォローすることで、かなり多くの情報がTwitterからアクセスできるようになった。地震情報を流してくれる@earthquake_jp、Twitterで話題のネタがわかる@buzztter、お天気情報(特に雨予報)をリプライで返してくれる@mickey24_botなどなど。欲しい情報によってサイトを使い分けなくても、すべてがTLに収集されるので非常に便利。

新しく「何か」を始めるきっかけになった

ボーマスに行ってみたのも、Tumblrを始めてみたのも、iPod touchを買ったのも、Twitterの影響があったことは否定できない。誰かが楽しそうに語る「口コミ」は一番のマーケティングだと思う。ついでに言うと、今まで「なくてもいい」と思っていたテレビも欲しくなった。あれってやっぱ、誰かと一緒に観るから楽しいんだよね。まいんTLは遠慮しとくけど、映画TLとかスポーツTLとか参加してみたいものだ。

日常はつぶやきとともに

これはいいことなのか悪いことなのか……。「日常の傍らに、いつもTwitter」とでも言うべき生活を送るようになってしまった。旅行中もつぶやいてたし、PCに向かうときはだいたいクライアントかtwitter.comを開いているし。中毒というほどではないけれど、TLが一種の居場所になってる感は否めない。一人暮らししてるから、「ただいま」なんてTLでしか言わないしなあ……。

Twitterで困ったこと

誰をフォローすればいいのか問題

これは大きい。本当のところ非常に大きい。Twitterを始めるにあたって一番のネックかもしれない。

僕の場合、事前にはてなで活動していたこともあり、(一方的に)知っているはてなユーザーを最初は主にフォローしていった。あとは彼らのフォロー、被フォローから探してみたり、ふぁぼったーから面白い発言をしている人を見つけたり。ブログ(というかエントリー)経由でフォローしてくれた方もかなりいたので、フォロー返しをしたり。(フォローしていただいた方々、本当にありがとうございます!)

従来ネットで活動したことがなく、いきなりTwitterを始めた人にとっては、本当に誰をフォローしていいのかわからないんだろうと思う。リアルな知人だけをフォローしていてもいいけど、それだとつまんないだろうしなあ……。このネックを何とかして解消していかない限り、日本でTwitterが爆発的に流行ることはないかもしれない。そういや、WBSを契機に大量に流入していたユーザーたちは、今どうしているんだろうか。

@reply

最初は知らない人だらけの中に飛び込んでいくことになるので、個人宛のつぶやきにあたるリプライを飛ばすことも容易じゃなかった(今でもそんな気軽には飛ばせないんだけど)。もちろんリプライせずにTwitterを使い続けることも可能だが、どうせなら絡んでみた方が面白いんじゃないの?とは思う。自分から絡まなくとも、リプライされたらやっぱり返すしね。この「リプライ返し」でもまた、上手い返しができなかったなあ……と引っかかることがたまにある。ツッコミスキルは学んでおきたいところ。

素が出やすい

独り言感覚でバンバンつぶやくことができ、ポストの心理的障壁が低いので、その分素が出やすいサービスだと感じている。特に一人称として「僕」を用いることには、早い段階から違和感を抱くようになってしまい、今ではリアルと同じ「俺」、もしくは「自分」という中途半端な一人称を主に用いている。あるいは感情が高まって、いわゆる「ついカッとなって」ポストすることもあるのだが、こういうポストは当然ながら乱暴な口調になりやすく、あとあと後悔する。僕は元々あまり口が良くないので、何か失言していないかどうかは常に悩みの種。

ブログの更新頻度が落ちた?

これはまだ結論を下すには早いが、9月はブログの更新頻度があまり多くはなかった。「ネタ」をTwitterで吐くことで満足してしまい、エントリーまで昇華されることなく終わっているというのは原因としてあるかもしれない。単にネタがなかっただけかもしれないけど。ちょっと経過観察が必要。

アイコン

可愛い人多すぎ。僕も二次嫁に変えたいです><

Twitterという仮想空間

結論としてはTwitterを始めてよかったと思っている。TLはコミュニティであり、ウェブ上にぶっ建てられた仮想空間だというのが僕の実感だ。PCやiPhoneでオンラインにつながっているとき、あらゆる人はここに集い、コミュニケーションを取り合う。今まではいくらウェブで活動していようとも、リアルタイムに自分の痕跡を残すことはできなかった。だけどTwitterを始めたことによって、ようやくウェブの一地点に足をつけることができたように思う。これは僕のような準ネットジャンキーにとって、とても心地がいいことだ。

「乏しい現実の人間関係の代替としてTwitterが使われている」とたまに聞くが、それは一概には言えないと思う。僕は非コミュの類ではあるが、それでもゼミがあるし、サークルがあるし、バイトの友人もいる。Twitterはそれらリアルなコミュニティに並列して存在する、もう一つのコミュニティとして捉えている。

そのコミュニティで何を成すか。それは人それぞれだ。Twitterはただ、場を与えてくれるだけ。誰の発言を読むのか。誰としゃべるのか。何をアウトプットしていくのか。どうリアルにフィードバックするのか。それは自分自身が決められることだ。Twitterは単なるウェブサービスという枠を超えて、ウェブそのものの在り方を問い直しているように思う。自分のTLの王は自分だ。そこでは好きに振る舞うことが許される。

僕はこれからどうしようか。ひとまず、もっとリプライやReTweetで人に絡んでいきたいと思っている。せっかくフォローも被フォローも200人を超えたんだから、その200人を前に独り言だけブツブツつぶやいてては損だ。オフまでは行かずとも、いろんなコミュニケーションの取り方があるだろう。まだ始めたばかりだ。これからずっと、Twitterライフは続いていく。さあ、何をしよう。