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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

牛丼をかきこむおっさんたちの頭上から、そのときODDS&ENDSが響いてきた

音楽・VOCALOID

5年前なら考えもしなかったし、今でもシュールな光景だわなぁと思うのだが、今日実際に表題のような状況に出くわした。ちょうどあれは紅生姜をトングで掴みとったとき。それまで聞き流していたJPOPのBGMが、突然聞き覚えのあるイントロに変わったのだ。必死に動揺を隠そうとしたが、おそらく0.1秒ぐらいは固まった気がする。最初は「いやまさかな。聞き間違いだろ」とも思ったが、最近DIVA fを毎日プレイしてる俺が間違えるはずもなく。イントロを終えて待ってましたとばかりに歌い始めたのは、間違いなく我らが初音ミクだった。

おそらくもう、こんな光景は珍しくも何ともないんだろう。オリコン上位にもじゃんじゃん入ってる曲なわけだし。しかしどうにも、違和感が拭えない。ボカロといえば家に帰ってからPC立ち上げて、ごちゃごちゃとトップ画面が見にくい明らかに怪しげな動画サイトにアクセスして、ヘッドホンして一人でニヤニヤしながら漁るような、まぁ言い方はアレだけどアングラ方面の音楽だったわけだ。それがいまや、吉野家でBGMにかかってて、サラリーマンのおっさんたちの耳に平日の真っ昼間から届いちゃったりしてる。今更俺は何を言ってるんだって感じではあるが、なんか、本当に遠くにきちゃったなぁという気がしてくる。

疑問に思うのは、これがボカロの帰結として正しいものなのかどうかという点だ。多くの人が思い描いていたのは、ミクブームが2年程度で沈静化し、ボカロがマイナー音楽の一角として細々と聞かれていく未来だろう。いやあるいは、数年のうちに完全に下火になると考えていた人も少なくないと思う。それが今や、紅白出場とまで言われてる。ボカロがこんな未来に行き着くことは必然だったんだろうか。それとも、単に偶然が重なっただけなのか。答えはきっと誰にもわからないが、どちらであったとしても、なんとなく寂しさを憶える。

初音ミクは引退することも年を取ることもないが、ファンの意向や不安を受け止めてくれることもない。存在しないアイドルを追いかけ続けるというのは、これはこれで精神に悪いものがあるなぁとか、最近思ったりしてる。