そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

来年もほぼ日手帳でいくことにした

来年もほぼ日。

あえてのガジェットタグ。アナログだけど、生活の一部をコンフィグして効率化させる道具って意味ではほぼ日手帳もガジェットである。僕にとっては。

今年初めて使ってみたほぼ日手帳だけど、来年も継続して使うことにした。今まで手帳をろくに使ったことがなかったし、まして同じ手帳を2年連続で使ったことなんてのもなかったんだけど、コイツはしっくりきた。てか、大学生とかで手帳バリバリ使ってるようなヤツって何書いてたの? 俺が予定なさすぎただけ? はぁ、そうスか……

なんてーか、ほぼ日手帳ってその自由度の高さがウケのポイントみたいなんだけど、自由度が高すぎないってのが僕にとってはポイントだった。好きなようになんでも書けるっつったって、初戦は文庫本サイズ。小説であれば時間が1分も進まないわずか文庫本1ページに、1日24時間のこと詰め込むってんだから無理がある。おそらくそういう理由で、書き足りない一部の人たちのためにカズンが出たんだろうけど。僕のようなQWERTY溺愛野郎にとって、毎日カズンのサイズを手書きで埋めて行くというのは拷問に近い。適度に手書きできてなんとなく埋め切れるちょうどいいサイズがほぼ日オリジナルなんだと思う。

で、何に使ってるかと言えば、ほぼ日誌状態。その日に仕事であったこと(SEなので障害とか、案件の進捗とか、新しく発生したタスクとか)、あるいはプライベートで読んだ本とか、TSUTAYAで目に止まった映画なんかの走り書きあたりが主。そんなことをつらつら書いてると、なんとなく1日で1ページが埋まる。そして仕事をしていると、「いつ、誰が、何をしたか」をすぐ見返せる媒体があることは大変に便利だということに気付いてしまった。簡易的なレファレンスとしてほぼ日手帳はかなり都合がいい。そんでもって、予定管理はGoogleカレンダーと職場のグループウェアでやってるし、タスクはToodledoに投げ込んでるからそれなりに上手いこと棲み分けが出来てはいる。今のとこ「アナログガジェット」で常に携帯しているのはコイツだけ。正確にいえば、ほぼ日手帳の中にうっすいモレスキンを1冊挟んでるが、これはほぼ日1ページで書ききれないことが出た時や、大量に殴り書きする必要があるときの緊急用である。

来年はちょいと気合を入れて、ブルーブラックの革カバーも買ってみた。というか、布カバーは表面の手触りがすげー苦手(爪で引っ掻くと嫌な音がする感じ)で、だからカバーオンカバーを付けてるんだけどこれもなんかバカバカしい気がして、めんどいので革にしてしまった。今はまだ硬い革が、徐々に手に馴染んで行くのかと思うとわりと楽しみである。

しかしまぁ、こういう記事書くとなんだか俗っぽい感じでむず痒くなるなぁ……。ライフハック系()の記事って追ってはいるんだけど、その実わりかし苦手でもある。