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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

「書く」ことは至上の喜びと見つけたり

自分のこと

ブロガーと一口に言ってもいろいろな種類の人がいるわけで、大雑把には3種類ぐらいにだいたい分けられるのかなぁと個人的には考えてる。書く人と、晒す人と、会話する人と。

書くだけで満足できる人ってのは、多分いる。それこそ本当のチラ裏というか、秘密の日記帳というか。とにかく自分の溢れ出しそうな思いをガリガリと書き出しちゃえば、それで満足っていう人種。実を言えば僕はわりとこれに近くて、ブログを書こうというのはすなわち「なんかすげーもやもやするから吐き出したい!」っていう欲だったりする。その欲というのは中学ぐらいから始まってまして、当時はブログなんてメディアもなかったからテキストファイルに書き出して実家のPCの中に山のように眠らせてあったりするんだけど。こういうのを中二病というのよねー、黒歴史よねー。ああ、年末に帰省したときに根こそぎ取り出して来よう、なんかあると怖いし……。

閑話休題。で、次が取りあえず晒したいって人ね。書くだけでは飽き足らず、誰かに読んでもらわなきゃ始まらないっていう人。ブロガーなんてのはだいたいこれだと思う。普通ならせっかく書いたものは読んでもらいたいもんだろう。そうじゃなきゃそれこそ秘密の日記帳でいいんだから。僕もさっきみたいなことを書いたりはしたが、それでいてここで晒したりもしている以上、やっぱり誰かに読んで欲しい気持ちはある。本当にただぶちまけちゃいたいときはね、ブログに上げないですから。Evernoteとかそういう便利なもんもあるんで、そっちに眠らせたりします。こっちに上げているのは、基本的には読んでもらうことを目的としています。幸い、ある程度ページビューが回ってくれてるから続けられてるけど。暇なブログ読みの方々、本日もどうもありがとう。

最後が会話したい人。正確に言えば、レスポンスが欲しい人。最近Twitterではこの手の人種が増えてきたような気がする。「これに共感した人はRT!」とか、「ふぁぼれよ」的なそういう。晒してなんとなく誰かが見てくれているというだけではなくて、明示的に反応が欲しい方々。ここまでくるともう「書きたい」という欲ではないだろう。反応を欲しがる人たちにとって、書くことは手段でしかない。それはおそらく写真や音楽でもいいんだろうと思う。

僕は「書きたい」人だ。頭の中でうだうだ渦巻いてる気持ち悪いもんを、きちんとした形に整えて外に出したい。で、誰かに。ここではないどこかにいる誰かに伝えてみたい。伝えるからにはわかりやすく書きたいので、文章の体裁とか表現とかにもこだわってみる。言葉尻をほんの少し変えてみるだけで、相手に伝わる印象はいかようにも変えられる。それが面白くてたまらない。ペンを取り、自分の筆跡で文字が刻まれて行くことが好きだ。リズミカルにQWERTYを打ち込み、あっという間に1000文字以上のエントリーを書き上げることが好きだ。絵描きが筆遣いにこだわり絵を仕上げていくように、僕は戯言をこねくり回して、より良い文章を書こうと励む。絵を描く人は、きっと筆を使うことが好きなのだろうし、マラソンをする人は走ること自体が好きなのだろう。僕もまた同じだ。

だから、レスポンスが特別欲しいというわけでもない。むしろ恥ずかしいし、マジレスされると困ることもあるのでレスポンスは少ない方がいい。ただページビューさえ回り続けていれば、きっと僕は書き続けていられる。自分が紡いだ戯言を、どこかの誰かが読んでくれているという、その事実だけで僕は生かされる。「書く」人にとって、これほど幸福な時代もこれまでなかっただろう。

書くこともまた技術であり、表現であり、芸術だと僕は思う。敷居が低すぎるのでそう感じる人は少ないかもしれないが、まともに書いて伝えて、そのこと自体を楽しんで生きられる人というのはそう多くない。書くことを愉しみ、慈しみ、誇りに思いながら生きることが、ブロガーとしての僕の矜恃である。