そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

仕事で疲れると『土星マンション』に手が伸びるので、歳を食ったなぁとか思う

岩岡ヒサエさんのことは、単刊合唱マンガである『オトノハコ』を読んだ時に初めて知りまして。特に驚くようなことが起きるわけでも、ドラマティックな展開が控えているわけでもないのだけど、よくある高校合唱部の半年間を淡々と、それでいて実に丁寧に描いていて非常に好感を憶える作品でした。合唱描写もそれなりにきちんとしていて、某アニメに比べるとかなりしっかりと合唱してます。ほんわかした空気が、とても良かったなぁと。その作者の名前を、今年2月の国立新美術館で、文化庁メディア芸術祭の大賞受賞者として見かけたときはビックリしたもんです。

そんなわけで長らく読みたいなーと思いながら手を付けていなかった『土星マンション』。先々月あたりからぽつりぽつりと思いついたときに買って読んでいて、今全7巻中4巻まで読み終えたところ。それがまぁ、非常に良い。話としては地球上空に浮かぶリング型宇宙ステーションで、外壁の「窓」を拭く仕事をする少年の物語という実にSFな作品なのだけど、その実「日常風景を丁寧に描いて行く」という作風は『オトノハコ』から変わらない。だからプラネテスのようなガチSFを期待して読むと拍子抜けするかもしれないが、しかし本当に良い作品。

要は「仕事をする」「生きていく」ことに焦点を当てた作品なのである。主人公のミツは働きながら、仕事の意味を考えてみたり、他の職業を営む人から誘いを受けたり、辞めた方が良いのではないかと思い悩んだり。その心象はなんだか、同じく仕事を始めたばかりの自分と重なる部分もあったりして、仕事で疲れたときにこの漫画を読むと妙に癒されてしまう。ミツの周囲にもまた、事情で「窓拭き」を離れて二度と職には戻らないと誓っている人がいたり、仕事で「やりたいこと」ができなくなってしまったことに思い悩む人がいたり、ミツを快く思わない人がいたり、なんていうか、舞台は未来のSF世界だけど、考えていることが現実の我々とあまり変わらない。これがサラリーマンの漫画だったら説教臭くなっていたかもしれないが、設定が絶妙に現実から遊離していて、良いバランス感覚で描かれている。良い人ばかりというわけではなく、しかし嫌な人も別の一面を持っていたり、人物描写が本当に丁寧で濃密。ふわふわとした画風だが、表情の描き方が上手く、特に強い怒りや意思を込めた「眼」の描写が印象に残る。個人的には真が好き。

SF描写も皆無というわけではなく、ステーション内に全人類が住むようになった今、地上はどうなっているのかというテーマが「窓拭き」達の裏で描かれて行く。このテーマがどう進んで行き、どういうオチを迎えるのかがすごく気になるのだけど、一気に読んでしまうのはなんだか勿体無いので、また仕事で疲れたときにふらっと手に取ってみる予定。

土星マンション 1 (IKKI COMIX)
岩岡 ヒサエ
小学館