そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

『ZIGAEXPERIENTIA』変わりゆく音と、変わらない音

スパセル3rdとどいてた

初音ミクが好き」と一言で言っても、楽曲の幅はロックからクラシカルなものからジャズから様々あるわけだし、また声質が好きなのか、キャラクターに萌えるのか、現象として面白いと言っているのか、捉え方は一様ではない。だから初音ミクという存在に対する見方は、大変に多元的であるということはよく言われてきたと思うが、「Supercellが好き」という言葉もまた同様だと思う。彼らにとってボーカルはゲスト扱いであり、これまでアルバムごとに入れ替わってきたことは周知の通りだが、曲調もそれに合わせてぐるぐる変わる。また楽曲だけではなく、CDの装丁やPVのような映像表現だってSupercellの作品であり、楽曲以外の表現を指して「Supercellが好き」という人もいるかもしれない。あるいは初音ミク初期から怒涛のようにここまで人気を勝ち得てきた、その現象に憧れている人だっている。でも、それでもあえて言うと、俺はSupercellが好きだ。それはおそらく、そういったもろもろすべてを引っ括めて、この集団が面白いと思っているのだということなんだろう。

これまでアルバムは発売日に初回版を必ず買ってきたわけだが、先週ついに発売されたのが3rd。1stと2ndはどちらかと言えばやさしい印象、爽やかな印象のあるアルバムだったが、ZIGAEXPERIENTIAは骨太だ。そもそも装丁からして黒い。ドス黒い。今回のボーカルであるこゑだのパワフルな声に合わせて、曲もデザインもがらりと雰囲気を変えてきている。冒頭に流れる『Journey's End』から、恋戦よりもさらにノイジーに加工されたサウンドが響く。うん、俺はこういうのが好きなんだよな。ちなみに曲調が変わった点については、ブックレットの中でryoも言及している。

自分の基本的なスタンスで言えば、こゑだちゃんが歌ってみてどう聞こえるのかという曲作りをしていますね。歌詞の書き方も、サウンドの動き方も、メロディーラインの書き方も、今までとは全般を見なおして変えようと思って進めていきました。

前作のToday Isはかなりハマった方で、大学卒業から就職のちょうど過渡期の春にあたり、やなぎなぎの優しいボーカルが耳に心地良かった覚えがある。その頃と今作とではもうホント、がらりと空気が異なるのだが、それでも好きでいられるのはたまたま耳に合ったからだとしか言いようがない。人によってはこの変化についていかずに離れることもあると思う。My Dearestとか、最初はSupercellだと思わなかったもんなー。

ただ、きちんと聞くと間奏でかき鳴らすピアノとドラムの音だとか、サビの盛り上げ方といった根本は変わっていない。『メルト』の間奏の飛び跳ねるような音が当時大好きだったんだけど、『My Dearest』のサビ裏で流れる音や、『告白』のメロディーラインにその頃と似た感覚をおぼえる。だから変わらず好きなのかもしれない。初音ミクブーム初期に出てきたアーティストの中では極北に到達してしまったように思うけど、なおも音は変わっていない。あー、やっぱりSupercellだよなと、どこか懐かしくも感じられる。

4th期はまたボーカルを変えてくるんだろうか。そういう変化を初期からずっと追っていられることが、何よりも楽しい。