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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

BUMPに青春を捧げ、初音ミクに夢を見た世代として

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5年ぶりぐらいにBUMPの曲を買ってしまった。

これまでにも初音階段の例があったり、虚弱。が『affection』で使っていたりと、メジャーなバンドが初音ミクを起用することはあるにはあったんだけど、今度はまた随分なビッグネームが来ましたねという気分。昨深夜にナタリーでニュースを見てブコメに書いた通りの「ほあ?」という素っ頓狂な声をあげてしまい、そのままiTunesでポチってました。これジャケットイメージにミクとBUMPが並んだ写真使われてるんだけど、これこのままCDで出ないッスかねぇ? この絵もっとよく見たい。

各種報道では「異色コラボ」なんて言われている。確かに予想しなかった組み合わせではあるが、異色というよりは、どこか馴染みのあるコラボのようにも見える。というか、BUMPとミクはなんか似ている。

個人的な話だが、どちらも第一印象は最悪だった。

BUMPは好きだ。俺の辞書で「思春期」という言葉を引けば、隣に「BUMP OF CHICKEN」という言葉が書いてあるぐらい、そりゃもう人生の一部分を捧げたバンドだ。とはいえ最初からガッツリ持って行かれたわけじゃない。テレビで流れる『天体観測』に胸を踊らせ、初めて買った『jupiter』を意気揚々とCDコンポにセットし、流れてきた「飛ぼうとしたって~」という第一声。正直に言おう。下手すぎて血の気が引いた。せっかく良さそうなバンドを見つけたのに、俺はこのバンドを嫌いになってしまうのかと、中学の頃の俺は妙なヒヤヒヤを覚えた。

それなのになぜハマったのか、上手く説明はできないのだが、ただただカッコ良かったのだと思う。伸びがあるわけでも類稀な艶があるわけでもない声で、がむしゃらにかき鳴らすようなギターと共に、恥ずかしくて直視できないような内面を高らかに、実に高らかに歌い上げる。そんな曲に心惹かれた。テレビで流れるキラキラしたJ-POPとは対称的に、薄暗く後ろめたいような現実と、それでも希望を見出すような歌詞は、中学生だった自分にとって、居場所を作ってくれたような存在だった。だから自分の人生の一部分は、間違いなくBUMP OF CHICKENでできている。

俺と同じく中学時代にBUMPにハマった世代は、その後大学に入ってから初音ミクと出逢うわけだ。こちらもまぁ第一印象はよろしくないどころか、あんな萌え萌えした機械チックな声とは積極的に距離を置きたいと当初は思っていた。なのに、どこをどう間違えたのか。今では彼女の映るスクリーンを前に、サイリウムを振って跳ねまわる日々である。BUMPを聴いていた頃のように、歌詞に重ね合わせるような淡い心情はもう持ってはいないけど、代わりに彼女には夢を見た。多くの人を巻き込んで、ひとつの巨大なミュージック・シーンを作り上げていく姿に、今なお取り憑かれている。

どちらも拙く、どこか未完成な音ではあるが、尚も高らかに、積極的に生を肯定していくような姿が、自分にはとても似通って見える。そしてそんな姿は、誰かがブコメにも書いていた通り、中高生を中心に支持を集める。BUMPとミクが出逢うことは、自分にとって、あるいはBUMPとミクを聴いて育った我々の世代にとって、どうしようもなく必然なんだと思う。

5年ぶりに聴いたBUMPは、あの頃ほど酷い暗さはなくなっていて、でも生きている人を後押ししてくれる力強さは失っていなくて、なんとなく嬉しかった。藤原とミクが歪ながらもハモって歌うサビを聴いて、自分にとって別々の知り合いが手に手を取り合ってるような気分になったというか、妙にくすぐったくなってしまった。BUMPのこういう曲が、今でも中学生たちの福音になっているとしたら、それは本当に嬉しいなぁと。

大丈夫だ あの痛みは 忘れたって消えやしない

大丈夫だ この光の始まりには 君がいる

うん、いいよなぁ。


BUMP OF CHICKEN「ray」 - YouTube