そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

ブクログ本棚への登録数が1000に達した

booklog_1000

chrojuの本棚 (chroju) - ブクログ

ブクログには本以外にもCDや映像媒体も登録しているし、2〜3割ぐらいは積読状態だし、別に1000冊の本を読んだというわけではないのだが、登録数の桁が一つ大きく上がったのはなんとなく感慨深いものだった。登録から約6年。年間160程度の登録なので、そんなに読書家と言える数字ではないし、まぁ程々なのだろうなと。

登録を始めた当初はここまで長く続けるとは思っていなかったのだが、今ではなにかコンテンツを買う、求めるときにはブクログが必須とも言える存在になってる。イベントとか雑誌とかウェブページとかで「いいな」と思えるものがあったら取りあえずここに登録しておいて、本屋に行ったときに探る。読み終わったらステータスを「読了」に変えて、可能であれば感想も書いておく。IFTTTを使って読了ステータスはTwitterへ飛ばし、さらにツイートをGoogle Calendarに登録しているので、いつ何を読んだのかというのもずっと記録が残っている。気軽な読書メモサービスとしてとても使い勝手が良い。あわよくば、もう少しモバイルアプリにも力を入れては欲しいが。リリース以来めぼしい新機能とかないもんな……。

自分は活字中毒というよりは『虐殺器官』作中で言われるような言語フェチで、常に何かしら読んでいるというような存在ではない。どちらかといえば物語だとか言語的コミュニケーションそのものが好きなのであって(自分がコミュニケーションするのは得意じゃないが)、というか技術書でも評論でもビジネス書でも、あらゆるものを「物語」として捉えてしまう癖のようなものがあって、この世に溢れるあらゆる物語を読んでみたいなという欲がある。池袋のジュンク堂のようなところに行くと、果たしてそのうち自分が知ることのできる物語は如何ほどなのかと気が遠くはなってくるのだが、6年で1000冊となると、ざっと27歳の自分の残り人生が50年ぐらいだとして単純計算で8000冊。そう悪くない数字かもなと思う。

身になっているかどうかとか、教養がどうとかそんなんは本当はどうでもよくて、ただ物語の数を自分のうちに積み重ねていくことによって、それが自然と人生を乗り越えていく糧になるのだと思っている。特定の宗教を持たない自分にとっての神や祈りは、物語の中にこそあると信じている。