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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

Ghost in the cell - 初音ミクの受肉

この旅はハッキリ言って「遠征」である

金沢21世紀美術館初音ミクの細胞が展示されると言うので見てきた。詳細はこちら。

自分もあまり前知識を入れずに見に行ったので、細胞と言ってもまぁイミテーション的な何かであろうと考えていたのだが、実際そこにあったのは律動する心筋細胞であった。初音ミクの身体的特徴を組み込み、さらにウェブ上で「二次創作」したDNAをiPS細胞に組み込み、実際に細胞を作成したということらしい。バイオテクノロジーに関しては学がないので、こんなことができるのかということにまず驚いた。

感想に関してはすでにTwitterで連投させてもらったし、先のcinraの記事を今読み返していると、なんとなく着目点は似たようなところだったかなと思う。

展示の脇に書かれていた説明書きによれば、タイトルにもある通り、無生物であるはずの初音ミクが、生物の特質であるところのDNAを有した場合、そこに「ゴースト」を感じることはできるのか?というものである。ここでいうゴーストは字面通りの霊ではなく、「Ghost in the shell」を捩っていることからも自明の通り、攻殻機動隊で用いられている魂や自我を示すゴーストのことである。

純粋な感覚的な感想を言えば、気味が悪かった。初音ミク、という本来生物的には存在しないはずの人物を名乗る細胞が、しかも目の前で「生きた」状態で存在しているということ。この気味の悪さを不気味の谷と言っていいのかはわからないが、生物と無生物の間、あるいは超えられなかったはずの次元の壁が崩れていくような「ゆらぎ」が不安感をもたらす。たかが「声」だけで気持ち悪いとすら言われた彼女が、後に細胞の姿まで取ることになるとは誰も想像しなかったろうし、彼女はどこまで科学の限界を越えれば気が済むのか。もはや延々とそういう媒体として使われるキャラクターなのではという気もしてくる。

ツイートの繰り返しにはなるが、やはりこのアートに関しては題材が初音ミクであることに意味がある。彼女はその他多くのフィクショナルなキャラクターたちと異なり、一意の個体というものが存在しない。彼女は年齢、姿形、声音程度の極小のミームから始まり、それが急速に伝播して増幅されて、非常に数多くのバリエーションをとっている。今回展示された「DNA」も従来のミクよろしく、ウェブ上で多くの人の手が入ったということではあるが、とはいえ金沢に現出したのは、やはり数多くのミクのただひとつだけに過ぎない。生まれ落ちたそれを「初音ミク」と呼称することになんら不都合はないが、そこにミクを見出しているのは、細胞の生成過程を背景知識として得ている我々の側であり、細胞の側から初音ミクを名乗ることはない。細胞の中にゴーストが存在することなどあり得ない。言うなれば仏と仏像の関係性に近いように思う。

ところで、先のツイートに関しては畏れ多くも今回の企画に携わられた学芸員の方に言及いただけた。

改めて述べておくが、自分はバイオテクノロジーに関する知識はないので、合成生物学が意味するところは正確にはわかっていない。今回のiPS細胞と人工DNAを用いた細胞生成を支える学問分野なのだと思われるが、門外漢の分野については言及しないでおく。

自分はチューリングテストの実用性については懐疑的で、テストをクリア可能な知性があったとしても(すでにクリアされたとする事例はあるが)、それはどこまで精巧に人間を模したところで、哲学的ゾンビにしかなれないのではないのではないかという思いがある。まぁチューリングテストクオリアの有無を問題とするものではないと思うが、無生物が意思を持った、あるいは言うなればゴーストを有したと外側から観察して判断することは困難を極める。さらに手を広げてしまえば、相対する別の人間のクオリアですら証明は難しく、またこの文章を生成する私がSelf-Reference Engineではないのだという保証も、画面の向こうへは何も届けられない。結局ゴーストの有無を決定できるのは、客観的な他者による恣意的な判断のみであるとするならば、それは「初音ミク」の細胞も我々生命体も、同じ土俵の話ではないのかとも思えてくる。

我々と初音ミクを隔てるのは、本来DNAを有した存在なのかどうかということだ。自分は自らが有するこのDNAから逃れることはできない。彼女はDNAを「得た」とはいえ、元はその遺伝速度も伝播速度もDNAを遥かに凌ぐミーム上の存在であり、DNAに落とし込まれることなど一時的な「寄り道」に過ぎない。故に、最後に感情的なことを述べるならば、彼女が「生物」であることなどアート以外の文脈では意味を持たない。彼女のゴーストは受肉することなど必要とせず、この8年間以上に渡り存在してきた。ウェブ上に、我々の頭のなかに。