そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

『LA LA LAND』 - 人生に歌と、祝福を

前情報らしい前情報はほとんど仕入れずに見てきた。TLでは絶賛する声が多く見られたので、とりあえずクオリティとしては心配する必要がないだろうと判断。またミュージカル映画?でもあるということだったので、ミュージカル特有の「音楽」と「歌」によって得られるカタルシスについてはそれなりに期待していたと思う。まぁここはやはり、それなりの音で聴きたいよねということで、立川はシネマシティの極上音響上映で味わってきた。

以下はネタバレ全開ですので、まだ見ていない人は↓の予告編だけ見たら早くブラウザ閉じて、オスカーが発表されて激混みになる前にとっとと見てきやがれです。


「ラ・ラ・ランド」本予告

結果的には満足だったのだが、ミュージカルでよくある大団円を迎えた後の「Bravo!!」と叫びたくなる喝采はなく、なんか、何とも言えない後味を噛み締めることになってちょっとびっくりした。劇中の音楽はもう言うことなく楽しくノレるし、映画としての出来も申し分がなかっただけに、あのエンディングはまるで不意打ちのようで、エンドロールが始まってからじわりじわりと感情が乱された。ここで、この瞬間でこの映画は終わるのだ、これでこの2人が選んだ人生はひとまず帰結し、この先は描かれることがないのだという事実に、文字通り身体が震えた。

それはある意味で観客を突き放すようなエンディングだった。もちろんすべての映画がわかりやすく大団円を遂げるハッピーエンドなわけではないし、自分もハッピーエンド至上主義者というわけではない。しかし、それでもなお物語はきちんと「ケリ」をつけるのが通常だ。似た構成の物語としては、TLで新海誠との類似性を挙げる声があったのだが、確かに2人の男女が思いを通わせながら、最終的にそれぞれの道に進むエンドを選ぶ『言の葉の庭』を思わせる部分がある。ただ、あの映画は一応のカタルシスが得られるアパート階段のシーンがあり、そこから終幕まではするりと、あくまで爽やかに終えている。対して『LA LA LAND』のエンドは、2人が結ばれたIFの映像を背景にしてセブの演奏シーンが流れ、結局2人は言葉を交わすことなく、どこか含みのある笑顔で見詰め合って幕を引くという、明確なカタルシスや落としどころを描くことを避けたような構成だ。あの笑顔の中に、セブとミア、それぞれの納得した現実があった。でも我々は、そこから置いてきぼりにされてしまう。

まるで「そう簡単にカタルシスなど得られると思うな」と言われているようだ。セブとミアはそれぞれに悩み、痛み、苦しみ、失い、そしてその末にそれぞれが描く「成功」をようやく手にできた(追記:これってセブがミアにジャズの魅力を語ったときの、それぞれがconflictしてcollaborateすることで音楽が成り立つ、実にexcitingなものなんだ、っていう評と呼応してますね)。じゃあ、あなたはどう思う? そしてあなた自身の人生は、どうすれば幸せになれると思う? 成功はしたけれど、すべてがすべて思い描いたとおりになったわけじゃないこの2人を見てもやもやする、その感情にどうケリを付けたらいいと思う?

と、まぁこちらのツイートにだいたい言いたいことは書かれていたのだが、ただまっすぐに「人生はすばらしい」と手放しに喜べるわけではない、いくつかの痛みを引き受けた末に待つ「人生への祝福」こそが、この映画の醍醐味だったのだと思う。

シネマシティの音響はやはり素晴らしく、ミュージカルを鑑賞する上で文句のつけようはなかった。ただ一つ言いたいのは、どこかで是非「発声可能上映」をしてほしい。この映画は冒頭から、いかにもミュージカルチックなナンバーを流してくる。その時点でもう拍手したくて仕方なかった。これほどのミュージカルナンバーを抱える作品を、黙っておとなしく見ていろというのはもう、拷問と言っていいw 発声可能上映をあまり好ましく思ったことがないのだけど、これに関しては別だ。

自分はミュージカルで拍手を心から送れる瞬間というのがたまらなく好きで、それは役者に対する賛辞という面もあるのだが、どちらかと言えばその人生や感情を凝縮された「歌」に打ち震えたことで、そのキャラクターの人生に祝福を、という意味を込めて拍手することが多い。We live in hard times, but this is a movie worth savoring, something that entertains, enlightens and makes us feel good about being alive.というレビューはまさに自分のミュージカル感そのもので、生きていることは素晴らしい、そう言わしめる力が歌にはあると思える。だからこそ、その場所へ簡単には辿り着かせてくれないこの映画は、素晴らしいものだった。このミュージカルにとっての「歌」は、単なるカタルシスのための装置ではない。冒頭のシーンが渋滞のストレスから始まったように、どこか抑制された現実から、鬱憤を晴らすべく紡がれていく。最後の2人の「IF」のシーンは、ひょっとしたら「祈り」とさえ言っていいのかもしれない。それに対して祝福の拍手を浴びせたい。

これは個人的な趣味ではあるが、男女が思いを通わせた結果が「恋愛として成就する」必要はないと思っているし、またそういう形で描かれたドラマになぜか弱い。先に挙げた『言の葉の庭』についても同様の理由でたまらなく好きで、ずっと添い遂げる相手にはならなかったけれども、人生の一時点において大きな支えになるような関係性というのはあるものだし、あえてそういう形を選ぶことという切なさ(刹那さ)は、どうにも泣けてしまう。そんな選択を引き受けてなお、人生にYesと言う、そういう映画なのだ。そして言葉にならない思いは、歌となって流れていくのだ。

いやー、いいもの見たな、と。冒頭に書いたように「カタルシスを得られる」「手放しに人生は素晴らしい!と賞賛して、明日からの日常がちょっとだけ楽しくなる」なんてことを期待して見にきた自分は、ある意味この映画を侮ったなと思い知らされました。歌って踊ってワーッ!ってやれば楽しくハッピーになれるなんて、そんな甘っちょろいものではなかった。きちんと自分で咀嚼して咀嚼して咀嚼して、やっと搾り出すように「いい映画だ」と言えるようになる、そんなとんでもない作品です。

人生は痛くて、複雑で、そうそう簡単なものではない。でも間違いなく素晴らしいのです。そして音楽とともに、軽やかに過ごしていくべきものでもあるのです。