the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

米代恭『あげくの果てのカノン』 - 罪であろうとそれは純愛なのか

あげくの果てのカノン』、読み始めたきっかけは本屋でたまたま見かけた1コマのPOPだったのだけど、今年読んだ中ではダントツでオススメできる最高のマンガとなったのでホント読んで欲しいのです。そのきっかけのコマがこれ。

https://gyazo.com/e415da2c403324d7720acc33996199fd

小学館あげくの果てのカノン(1)』p.74)

なんだこの女、可愛いけどヤベェ……。こ、これは俺の好きな面倒くさい系感情描写のあるマンガやで……と、わずか1コマで興味を引かれ、表紙に踊る「不倫✕SF」というよくわからない文字列の引力もあって衝動買いをしたのが春先ぐらいだったか。実際読んでみると好みドンピシャすぎて、POPで見かけた「やべぇ女」(=主人公の「高月かのん」なわけですが)も、そのとき想像した以上に「ヤベェ女」で、彼女の暴走しすぎるほどまっすぐな愛と、喪女である故にその「まっすぐな愛」の行き場がわからず、自ら振り回されてしまうような、1ページたりとも落ち着いて読めない嵐のような展開にずっと釘付けになっている。

っていうか不倫✕SFってなんぞやって話なのだが、舞台として設定されているのが、ゼリー状の地球外生命体(通称もそのまま「ゼリー」)の侵攻を受け、交戦状態が10年近く続いている東京になっている。かのんが恋、というか8年間ストーカーし続けている相手は、高校時代の先輩である「境」なのだが、その境先輩は現在ゼリーと戦闘する特殊部隊のエースとして活躍中。かのんは高校卒業以来「境先輩」に実際は会うことなく、ずっと片思いをしたまま遠目に眺めているだけの生活だったのだが、ある日偶然再会を果たして、そこから思いもよらず、転がり落ちるように「不倫」へ発展していくという、まぁ設定からしてどうかしているラブストーリー。

かのんの愛は良くも悪くもまっすぐで、既婚のはずの「境先輩」が何故か自分へと向けてくる愛情に、罪の意識や違和感をどこかで覚えながらも全力で応えてしまう。男性と付き合った経験がないまま、8年も片思いし続けていた相手に突然振り向いてもらえたなら、そりゃそうなってもおかしくないのかもしれない。だがその相手はいわば地球の命運を握る相手なわけで。かつて「世界の命運を賭けたラブコメ」というキャッチフレーズを取った『絶園のテンペスト』という傑作があったけど、世界を守る最前線で戦っている人と「不倫」を成すという筋書きもまた、世界の命運との天秤を大きく揺るがすことになる。

それでも彼女は止まらない。様々なことに不安を覚え、動揺したりもするが、彼女の中で「境先輩」が好きであることは一切ブレない。

私の『希望』は、先輩の苦しみや、彼の妻を、踏み台にして、やっと『恋』になる。

この台詞とか、最高に狂ってると思うのだけど、なかなかどうして、否定する気にはなれない。

不倫ってのは要するに「心変わり」で、それが本作では大きなテーマになっている。人は「結婚」を経るが、1人の人を生涯愛することは本当に可能なのか。無理なんじゃないのか。あるいは愛する相手が変わってしまっても、愛を変わらず貫くことはできるのか。境は不倫をする、つまり「変わる」わけなのだが、一方でかのんは相手が結婚しようが何だろうが、何年にも渡って愛が「変わらない」。あるSF的な仕掛けも相まって、このあたりの描写が実に秀逸に仕上がっている。「変わる」境の気持ちにも共感できるが、罪であろうと何だろうと「変わらない」であろうとするかのんにも共感でき、そして眩しく感じてしまう。どちらも人間臭くて、どちらも倫理的には肯定できない。でも倫理的に肯定できるものだけが愛なのかとか、結局なんなんだよ愛って、何が正解なんだよ、このマンガはそれをどこに落とし込もうとしてんだよってのが、まったく見えない。

物語は最新4巻で、ある大きな転換点を見せる。ちょっと行き過ぎてはいるものの、かのんに共感もできるなんて考えていた時期が俺にもあったわけだが、4巻最後の数ページでかのんが語る自らの心境は、正直自分が想像していた彼女の像を遥かに超えていて、一気に置いてけぼりを食らうような感覚を覚えた。人間はそうまで人を愛せるのか。それは「あの人を愛している私が好き」という、所詮は自己愛に過ぎないものを必死に守っているだけかもしれないが、あるいはもしかしたら、これは究極の純愛なのかもしれないとさえ思わせる。高月かのんから、しばらく眼は離せそうにない。