『新海誠展』 - 喪失を抱えて、なお生きろと声が聞こえた

いわゆる「メジャーになったアーティストに対して、『メジャーデビュー前はよかった』と回想する行為」はあまり行儀が良いとは思わないのだが、新海誠監督については、今をもってなお、彼がド・メジャーな映画監督になったという事実に慣れない。別に全然嫌ではないし、以前同様に好きな監督の1人では在り続けているんだけど、『君の名は。』を契機に一体何が起きたんだろうという、昨年「新海ファン」の誰もが抱いたであろう疑問にケリをつけられないまま1年以上が経過している。

なので国立新美術館の10周年企画の1つとして、安藤忠雄というビッグネームと並んで「新海誠展」が開催されているという現実を目の当たりにしても、なんだか落ち着かなかった。平日に行ったので行列にこそなっていなかったが、やはり館内は『君の名は。』以後の「一般的知名度が高くなった新海誠」を思わる盛況ぶりだった。いかにも美術館巡りが好きそうな老夫婦やベビーカーを引いた若いカップル、海外から来られたであろう方などなど、一昔前であれば「ここは宮﨑駿展の会場です」と言った方がしっくり来そうな客層だった。でも彼らが神妙な顔で眺めているのは、新海監督と富野由悠季氏が対談したアニメージュの拡大コピーだったり、イース2エターナルのOP映像だったりするわけで、どことなくお尻がムズムズしてしまう。しかし、富野氏は新海監督をずっと気にかけてるんだな。。。

展示は『君の名は。』ありきではないというところが大きなポイントで、『ほしのこえ』以降の劇場公開作品をすべて並列に扱い、いずれに対しても同じ程度のスペースを設けて絵コンテや映像、美術背景等を紹介している。そして新海作品でフォーカスが当たりがちな背景美術の成り立ちのみならず、ストーリー上の特徴や各作品で共通するモチーフ、『秒速5センチメートル』から顕著に見られる音楽とのマッチアップに関してなど、ピックアップされているポイントは多岐に渡る。制作現場にもスポットが当てられていて、1人でのアニメ制作に始まって、『君の名は。』の大規模な映画制作へどのように変化していったのか、果ては実際に背景描写で使われているPhotoshopのカスタムブラシの紹介なんかもあり、既知の人間にとっても満足度は高かった。

というわけで、このイベントはデビュー以来の新海誠氏の回顧録だし、自分にとっても「回想」なのだけれど、『君の名は。』で新海監督に出逢った大多数の方々にとっては、彼の過去を初めて掘り下げる営みになる。『君の名は。』で彼に初めて興味を持った人々が、改めてその過去作へ向き合ったときに、どう感じるのかがとても気になっている。

展示の中でも触れられているが、彼の作品に共通するのは「喪失」というテーマだ。『ほしのこえ』を始め、いずれの作品でも何らかの喪失が描かれ、そしてそれを乗り越えて生きていくことが肯定される。『言の葉の庭』は結ばれたとも結ばれなかったともつかない、ふんわりとした一夏の出会いに終わる作品だし、『星を追う子ども』では「喪失を抱えて、なお生きろと声が聞こえた 」という台詞すら登場していて、いずれもホロ苦い結末になりがちなのだが、どの作品でも「それでもなお生きていくべきだ」と背中を押してくれるのが好きだ。『君の名は。』では、そもそもの「喪失」を打ち消す、「回復」するという行為に新海作品では初めて成功するわけで、そのわかりやすいカタルシスが幅広い支持を受けたし、新海作品を長年追っていた人たちにとっても「ついに!」という印象をもたらした(『君の名は。』のラスト、例の坂道で2人が一度すれ違い、その後「振り向く」というのは、『秒速』ラストの踏切で「出逢う」が眼を合わせなかった、あのシーンへのセルフオマージュであり、またそれの「超克」だと自分は捉えている)。そこから入ってきた方々が、ともすれば「重い」、喪失を受け容れよというメッセージに共感できるのか、どうなのか。自分としては、喪失に向き合うことを好むのは、オタク的メンタリティを自分が持っているからだと思っていて、一般にそれが受け容れられるのかが分かりかねるのだけど、『君の名は。』に対しても同様な思いを持っていた(公開2日目に見たので、そのときは大ヒットは予想だにしなかった)ので、もしかしたら、とも思うし、現実にそうなってくれたら喜ばしい。

https://gyazo.com/054a2006718c6bbac0b06035335908d7

まぁ自分としてはやはり、彼の全作品通じてこのシーンが至高だなぁと思う。

このシーン含め、各作品のクライマックスは場内で流されているので、既存新海ファンの方々に於かれましては、ハンカチの用意もしていった方がいいのではと思う。自分は『言の葉の庭』のここのとこの、入野くんの長台詞を聴くだけでもうホントだめなので。その後の花澤さんの泣きの演技も最高と言う他ない。しかし上述のようにほとんどの方にとってはどれもおそらく初見の映像、つまり盛大なネタバレでもあるので、これはちょっとどうなんだろうと思う展示でもあった。過去作にも興味を持って、改めて見てくれたら嬉しいのだ。本当に。