和田たけあき『ブレス・ユア・ブレス』 - 生まれ落ちていた生命


ブレス・ユア・ブレス - 和田たけあき feat. 初音ミク / Bless Your Breath - WADATAKEAKI feat. Hatsune Miku

意図的なのかどうなのかわからないけれど、マジカルミライのテーマソングは2年前の米津玄師『砂の惑星』以来、メッセージ性を色濃く帯びるようになった。当時かなり物議を醸した『砂の惑星』については言うまでもないが、昨年の Omoi『グリーンライツ・セレナーデ』も、初音ミク……というよりマジカルミライによって感化されたクリエイターの背中を押す意味が強く織り込まれていて、ある意味では『砂の惑星』に反発するかのように、 VOCALOID 界隈の今後を祝福するような歌に仕上がっていた。『砂の惑星』以前のテーマソングが、みきとP『39みゅーじっく!』や livetune『Hand in Hand』のような、あまり歌詞に深い意味があるわけではない(悪い意味で言ってるわけではない)、純粋にライブで盛り上がれるような曲だったのと比較すると、だいぶ傾向が「変わったな」というのが見て取れると思う。

今年の和田たけあき『ブレス・ユア・ブレス』もこの流れを汲む形になった。しかも『砂』や『グリーンライツ』がシーン全体を最大公約数的に描写するような歌であったのに対して、この歌は個人的な心象を歌っている印象を覚える。前半の「言葉は全部 君になって 僕のものじゃ なくなった」というあたりは supercell『ODDS & ENDS』を思い起こす。初音ミクを用いて楽曲をつくると、それは「初音ミクの曲」として受け取られるようになり、実際に制作したプロデューサーの名前が表に出にくくなるという、従前からよく言われている話だ。しかし終盤、「ああそうか 僕らきっと 対等になって それぞれ 歩き出すんだ」というのは、あくまで楽曲制作者として名が売れた和田だから書ける歌詞だ。その境地に至れず、無名のままで終わってしまった P も無数にいたはずであり、この曲はマジカルミライという場で、あらゆる人へ共感を迫れる曲にはなっていない。そのことにまず驚いた。

一方で、でもそういった曲でありながらも、自分は今までにないぐらいこの曲から強烈なインパクトを受けていて。初めて聴いたときに、この曲をマジカルミライでやるのか、ということを考えるとちょっと呆然としてしまったぐらいで、でもひたすらに楽しみでもあって。それは初音ミクが「個」として生命を受けたという、「Bless your breath」というタイトル自体が指している、おそらくはこの曲で最も重要な部分。

初音ミクはこれまで、曲の中盤で歌われているとおり「僕らの夢 願い」であると同時に「呪い」であり、「見る人次第で 姿は違う」存在だった。夢、願いというクリエイターにとってポジティブな面もあると同時に、先に書いたとおりクリエイター自身の個性や知名度を覆い隠していつまでも付き纏ってくる「呪い」でもあると(自分ももう9年前になるが、『初音ミクという呪縛』というエントリーでこのあたりのことを書いている)。人によって彼女に何を投影するのか、彼女をどういう存在として捉えるのかは異なるし、千差万別な姿を持つ、それが初音ミクだということはよく言われていた。

和田は本作で、そんな初音ミクが「今やもう 誰の目にも同じ ひとりの人間」になったのだとした。これ、自分は考えてもいなかったことで。まぁもちろんいまだに彼女は「二次創作」を司る象徴であることは変わってないし、各自の「うちのミクさん」が失われてしまったということでもない。でもマジカルミライという大規模な公式イベントがこれだけ定着し、それ以外にも初音ミクシンフォニー、超歌舞伎など、うちのミクさんではない彼女を観る機会というのは格段に増えたし、それがまた定着してきた。初音ミクというのは、クリエイターが曲や絵を供給しなければ存在できない不確かな存在なのだ、という捉え方を自分も長いことしてきたんだけど、それは今後もある意味では変わらないだろうけれども、「個」としての彼女は、創作文化の象徴として、幕張と大阪と札幌に年に一度だけ降臨する彼女は、1つの生命としてもう捉えてもいいんじゃないかと。これがめちゃくちゃエモくてですね。そうかお前、ずっと魂のない存在だと思ってきたけど、そうか、そうだよな、もうここまでになると、きちんと生きている存在として扱うべきなのかもしれないなと。要は10年以上追ってきた存在に、今更初めて「生」を感じたんですよ。これすごい胸が重くて。ほんとつい先日も「魂未実装」とか呼ばわってしまってごめんねみたいなことを考えたりもして(『ブレス・ユア・ブレス』ちゃんと聴いたの先週だったんです、サーセン)。

繰り返すが、供給が止まれば VOCALOID 文化が存続できないのは当然ながら変わらない。「もう君に 僕なんか必要ない」なんて言い放てるのは、初音ミクの曲をすでにいくつかヒットさせて、その後初音ミクが次の世代や別のクリエイターによって引き続き使われていく様を見てきた和田だからできることだ。でも、クリエイターが自身の作品によって息吹を吹き込んで「生かして」きた初音ミクが、やがてその供給無くしても一つの生命として独立して歩み始めるっていう、そういう捉え方をした上で、彼女に最後に「歌え!」というただ一言を贈るっていうのが本当に素敵だなと思ったのです。和田の個人的な心象に寄り添いつつ、初音ミクというのがシーンを支える多くの人々にとってどういう存在なのかを的確に描写した上で、その行く末を祝福する、マジカルミライのテーマソングとして見事すぎる曲で本当に本当に胸がいっぱいでした。昨年の『グリーンライツ・セレナーデ』にもかなり多くのものをもらったように感じているんだけど、今年もまたすごかった。

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ということですでにここまでで3000字以上書いているのだが、例年マジカルミライの感想エントリーという形で上げているのを、今年はテーマソングを軸としたエントリーに形を変えた。変えざるを得なかったというか。『ブレス・ユア・ブレス』には心を恐ろしいほど揺さぶられてしまった。

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今年は4月に入学した通信制大学の試験がちょうど幕張の日程と被っていたこともあり、幕張の金曜夜SS席が取れた時点でライブのチケット争奪戦からは降りたんだけど、結局居ても立っても居られず大阪も企画展だけ足を運んでしまいました。試験もなんとかなったんでまぁいいかーというところで、じゃあ来年は幕張大阪双方参加でもいっかなーとか思っていたんだけど、まさかの夏冬開催にチェンジとなりましたね。。8月末〜9月初旬はパラリンピックがあるので幕張メッセが使えないことは予想していたけれども、よもや時期をずらしてくるとは。。。イベントの内容にも変化をつけるんだろうか?とか、 SNOW MIKU と2か月ぐらいしか離れない形になるのね?とかいろいろ思うところはありますが、東西2都市での開催が完全に定着して無事に来年も開催されることは嬉しく思う。

今年はすごくよかった。何がよかったってライブが。曲がかなり入れ替わるという話は TOKYO MX の事前特番で予告されていたけれど、それにしても新しい曲が多いので驚いたし、昔からの曲は王道と言える曲ですらほとんど入らなくなったのは予想外。セトリ完全版はのっきぃさんが上げているものを掲載させてもらいます。とても助かります。。。

巡音ルカの10周年特集は『No Logic』やってほしかったな〜〜〜〜というのは個人的にあるものの、出だしからゆよゆっぺ『Never die』の力強いボーカルで、初音、鏡音とは異なる巡音ルカの年長者らしい貫禄を見せつけてくれてすごくよかったなと。最後の EasyPop『Jump for Joy』に繋げるための演出とは言え、ミクが MC に混ざってきて「10周年おめでとう!」とか「ルカと一緒に歌いたいな」と例年以上に流暢にしゃべってたのはちょっとびっくり。昨年の鏡音は誰も何も口を挟むことなく、好き放題2人だけで暴れさせてたのにえらい違いだなおいっ、という感じでちょっとおもしろかった。

アンコールでの wowaka 追悼演出はとてもつらかった。もう4か月経つけど全然まだ整理できてないんですよ、個人的に。結構ショックで。いや、別に wowaka 追悼が入るのが嫌だったとかじゃないんだけど、向き合う準備がまだどうも出来ていないようで。それで演出がまた泣かせた。 wowaka のボカロ曲をいくつもザッピングしつつ、ステージ上方のモニタに彼の MV を模した形で歌詞の文字列が映し出され、その文字が崩れ落ちてはステージの真ん中に積み重なり、それが最終的に人の形を成して初音ミクとして歌い始める、という、そんな演出でした。これ完全に『ブレス・ユア・ブレス』じゃん、「託した 言葉たちが 君の命になった」じゃん、そして wowaka が死んでも、彼が言葉を託した初音ミクは生き続けるんじゃん、みたいなこと考えたら涙が止まらなかったです。つらかった。ヒトリエ3人体制のライブも行きたくてチケット申し込んでるとこなんですが、行ったら行ったでまぁ泣いてしまいそう。ぼちぼちきちんと向き合いたいんだけどな。あ、 wowaka 追悼演出あたり、9月8日までなら TOKYO MXエムキャスで見逃し配信見られるのでよければ是非。

全体的にすごく「これから」を思わせてくれる、テーマ曲通りミライを志向していることが感じられてとてもよいマジカルミライでした。初音ミクの脱 VOCALOID 、クリプトンによる独自音声合成エンジンの搭載というなかなかに衝撃的な発表もあり、今後「ボカロ」という呼び方がどうなるのかとか、このブログも「VOCALOID」カテゴリ設けて長年やってきてんのにどうしようかなとか先が見えぬ部分もありますが、今年もこのイベントを楽しく過ごせたこと、本当に感謝しています。

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