the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』

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表題にある仮定形の文は、作中において「わたしたちは宇宙に存在する孤独の総量をどんどん増やしていくだけなんじゃないか」と結ばれる。これがどういうロジックなのかは本編を読んでもらいたいが、「光の速度」という SF としては汎用的かつ科学的なテーマが、「孤独の総量」というウェットなものへと帰結していくこの構成が、本書の在り方をよく表しているように思う。「宇宙に存在する孤独の総量」の増大という、感情的ではあるが、どこか科学的な知識の背景も匂わせている、台詞の言葉選びにもグッときた。

韓国で2019年に発刊された、7編からなる SF 短編集の邦訳であり、著者のキム・チョヨプは1993年生まれと非常に若い。SF としてのアイデアはそれほど斬新とは言い難いものの、 SF 的なギミックを如何に人の生き方や心情へ落とし込んでいくかという点に長けている。SF の短編集というよりは、 SF 的なバックグラウンドをフルに活かした文芸作品と言ったほうがいいかもしれない。 SF 的な想像力が技術とロジックを広げるほうにではなく、それに相対する人間の内面のほうへと強く強く向かっていった作品群と言える。

例えば『館内紛失』は、死者の脳スキャンデータが「図書館」に格納され、いつでもバーチャルに再現された死者に会えるようになった世界で、母親のデータが「館内紛失」されるという物語だ。死者との「対面」さえも可能になった時代において、その死者が喪失されるとはどのような意味を持つのか。脳のデータ化は、すでに現実で理論化も試みられるほどには手垢のついた題材だが、本作においてこの技術は舞台装置に過ぎず、あくまでフォーカスされるのは「母との対話」「死者との対話」という情緒的なテーマだ。また『感情の物性』では、「トキメキ」「ユウウツ」といった感情自体を具象化したガジェットが、Instagram などを通じて若年層へ広がっていく様が描かれる。エセ科学的かつオカルティックな「バエる」ガジェットが若者の間で流行するのは、現実でもありがちでリアルな「よくわからない」風景として線を引いてしまいそうになるが、終盤、この「線を引きたくなる」僕らの感情自体が1つの仕掛けであったことに気付かされる。どれも読み口は軽やかでサクッと読める短編群だが、後味は鮮烈に残るものが多かった。

SF として身構えて読むと、もしかしたら物足りない1冊かもしれない。しかし、これぐらいライトに読めて、ここではないどこかへと少しだけ踏み出す機会を与えてくれる SF 短編というのも僕は好きだ。「遠い場所や見知らぬ存在に長年抱いてきた愛情が込められています」という、著者自身の言葉を強く実感させる7編だった。