幾花にいろ『あんじゅう』

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顔のいい女2人が会話して生活しているっていう、それだけでマンガは面白いんだよね、という1冊。

あらすじも何もなくて、どんなマンガなんですかと聞かれると、本当に↑この1文で終わってしまう。会社員で真面目気質な「先輩」と、パティシエの卵で楽天的でちょっと雑な「後輩」2人の女性によるルームシェアもの。本名も設定されているけどあんまり言及されないのでちゃんとフルネームは覚えていない。でもその感覚がまたリアルっぽくていい気もする。2人の関係性は作中では明示されていないと思うが、あとがきによれば高校時代の先輩後輩だそうで、特に恋愛関係にある、あるいは陥ろうとするような描写もなし、非常にフラットな関係で描かれている。で、特に何が起きるでもない。ただただ生活を切り取った掌編、短ければ2ページという本当に細切れにされた2人の生活と会話の描写が淡々と積み重なっていく。「後輩」が完全に思いつきで「ピザが食べたい」→「オーブンほしい」って提案してからの、「お前蕎麦打ちセットも買ったけど使ってねーじゃねーか」っていう返しとか、本当にそういう些細な生活。

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こんなん。ほんとなんというか、言ってしまえばしょうもない。でもなんだろうね、これがすごく小気味よいのよね。性格が正反対なので2人の噛み合いそうで噛み合わん会話がそもそも面白いのもあるし、方言はこれはどこなんだ、調べたら三重県あたりらしいが、関東出身の僕としてはあまり耳慣れない「やに!」みたいな語尾も、なんかいいな、って思えてしまう。それと「しょうもない」ネタではあるのだけど、生活の端々で発生するそういう「しょうもなさ」を拾い上げてマンガのネタとして昇華できるのはすごいことでもあると思っていて。こういう「しょうもなさ」の積み重ねがリアルな生活なのだから、ルームシェアという題材を生っぽく伝える上では、こういう作劇は効果的だと思う。顔のいい女性2人のルームシェアを、高い解像度で覗けるというのが楽しさに繋がる、という言い方するとちょっと背徳感があるか。

あとは顔がいい。顔がいいというのか、絵がうまいというべきか。デッサンもきっちりしているし肉感もある絵を描かれるけど、変に生々しくなく顔はシュッとした洗練されたイラストでとても好み。実のところ目がキラキラしているいかにも可愛い絵よりも、こういう切れ長の眼をした女性イラストのほうが好きだったりする。他だとコトヤマ先生とか。あと一部の人には大事なことだと思うのだが、主人公2人がいずれも「家でだけメガネ」派閥。

成年漫画になってしまうのだが、幾花にいろについては『咬合』が初めて読んだ作品で、その頃から好きで。ここで挙げたような、生活の細かい部分を拾い上げられる才や、彼?彼女?の絵柄って、確かにかなり成年漫画には向いていたのだと思う。距離と空気を描くのが上手いというべきか。本作は成年漫画にあるような「近い距離」は肉体的にも精神的にもまったく感じられないわけだが、その中でしか発生しない会話、空気、生活、そういったものをちゃんと拾い上げていて、成年漫画ではないが生っぽさがある。

女性2人の「距離感」の描写というのが僕はわりと好きだ。百合漫画が近年それなりに流行っている気がするし、僕も読むが、百合じゃなくてもいいし、ぶっちゃけあんまりベタベタドキドキ恋愛ものじゃないほうが好きなのかもしれないと思うときがある。

田口囁一『ふたりエスケープ』は百合姫から出ているので百合なんじゃないかという気もするし、作中でも若干その手の描写はあるが明示はないので百合ではないということにしている。こちらも先輩後輩ルームシェア。『あんじゅう』では先輩のほうはそれなりに神経質だったが、こちらは2人とも頭のネジが飛ぶときがあるので、「エスケープ(現実逃避)」と称しては真夏にエアコンガンガンに入れて部屋を冷やして、厚着して「真冬のふり」をして蟹鍋食って熱中症で倒れるとか、結構とんでもないことをやらかす。頭空っぽで読めて好き。「棘」が一切ない2人がいい。

こちらも百合ではない2人、だがルームシェアではない。違う高校に通う女子高生2人が、放課後にイオンモール(らしきショッピングモール)のフードコートで落ち合ってただ喋っているだけの漫画。女子高生2人の会話なので、会話の中身自体はやはり些細なことだったりするのだが、絶妙な距離がこちらも心地良い。百合ではない、間違いなく恋愛感情も無さそうなのだが、お互い友だちがいないが故に互いに対する感情は大きいし、ちょっと「男」と距離が近い場面があったりすると露骨に嫉妬したりするっていう。でもその嫉妬も尾を引く感じではなくて、さらっと短編で流れていく、重くはならないバランス感覚がいい感じ。巻数表記がないので単巻なのかと残念に思っていたところ、どうも続刊の予定はあるらしいと聞いたので嬉しい。