夏、フィクション、異界、彼岸

つるまき町 夏時間 (BUNCH COMICS)
コマツ シンヤ
新潮社 (2015-08-08)
売り上げランキング: 3,215

Webで『8月のソーダ水』第1話を読んだ経験を思い出し、コマツシンヤ氏の『つるまき町 夏時間』を衝動買い。『ぼくのなつやすみ』を彷彿とさせるようなノスタルジックな小学生夏休み物だが、異世界ファンタジーの要素がストーリー的には強く、雰囲気としてはそれほどの違和感を伴わず、するりと滑り込んでくる。これは自分が経験した懐かしい夏休みでありながら、フィクション作品を通じてみなが共有している、ひと夏の冒険でもあり、空想的なノスタルジーがふわりと優しく包み込むかのような「味」がある。駄菓子屋に並ぶお菓子や、街行く人々の描写も細かく、練りこまれた「夏休み」が味わえた。

この作品に描かれている「夏」のイメージも含め、どこか自分は夏というものをフィクショナルに捉えているような気がしていて、そしてそれはいわゆる海や山で遊ぶ派手で「熱い」ものではなく、どこか物悲しくて切ない。もっとも根源にあるのは盂蘭盆会や終戦といった死にまつわるもろもろなのだと思うが、これに輪をかけるのが小学生の頃に読んだ『友情の甲子園』というジュニア向けの小説だと思う。友の死を乗り越えながら夢の甲子園のマウンドに立つという筋書きで、『タッチ』の存在など知らなかった当時の自分はどこか悲壮な思いで読み進めていった記憶がある。8月15日の甲子園では、正午に合わせて黙祷を促すサイレンが青空に響き渡るが、自分にとってあれほど「この国の夏」を表すイメージはない。甲子園という舞台も、少年たちのど真ん中で行われる大戦への追憶も、実に日本的だ。

友情の甲子園 (フォア文庫)
北条 誠 渡辺 あきお
金の星社
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あるいは細田作品のイメージ。8月1日にデジタルワールドに発つ子どもたちは言うまでもなく、ほんの僅かな夏の数日間だけ異能を手にする『時かけ』もまた、自分の中の夏のイメージとして根強い。夏休みとは非日常を示す期間であったが、その意味で「異世界」へと飛び立っていけるような気分になれる作品は、やっぱり夏を舞台とするのがふさわしいように思えてしまう。だからいまだに『Butter-fly』を聴けばワクワクするし、『ガーネット』を聴けば夢の終わりを思うことになる。

時をかける少女 [Blu-ray]
角川エンタテインメント (2008-07-25)
売り上げランキング: 1,483

ここ数年の自分の夏を占めているのは、森見登美彦の『宵山万華鏡』だ。2012年の夏に新刊として売られていたのを手にして以来、毎年夏に必ず読み返している。森見作品特有の不条理で無意味で奇想天外な京都の物語は健在ではあるのだが、この連作短編集の根底にあるのは、亡くなった者、あるいは神かくしに遭った者を追いかけ、宵山、京都祇園祭の日を抜け出すことなくループしてしまうというファンタジーだ。宵山に行った経験のある人はわかると思うが、あの祭りが独特なのは碁盤の目のような京都の街の隅々まで、祭りの空気が淀みなく行き渡っていることにある。どの路地を曲がろうと、どれだけ道を進もうと祭りは終わることなく、山鉾の鮮やかな色と光も相まって、どこか異世界が日常へ降りてきて、そこから抜け出せないかのような幻想に陥る。あくまでこの作品における宵山は「幻想」ではあるが、祭り独特の熱気や裏寂しさをはらんだ情景描写がなんとも美しい。

宵山万華鏡 (集英社文庫)
森見 登美彦
集英社 (2012-06-26)
売り上げランキング: 22,859

自分の思い描くこの国の夏は、物悲しく儚く、そして危うく、異界への扉を開いて待っている。