2019年10月 - 楓と美兎 / 王とサーカス / SF マガジン 2019年12月号 他

楓と美兎

VTuber の動画、特にライブ配信の動画はテンポ遅めでテンションも常に高いわけではない場合が多くて作業用BGMとして適しているなと思うことが多い。と言ったところでそこまで見るわけでもないし Spotify 聴きながら作業していることのほうが圧倒的に多いのだけど、月ノ美兎はなんとなく流してしまうことがある。たぶんこの感覚はラジオに近い。


楓と美兎 ~休日編~


楓と美兎 ~休日編~ -後編-

先月すげーなって思ったのがこの樋口楓との休日配信で、2人が過ごす休日をおはようからおやすみまで全部垂れ流すというもの。そもそもの十数時間喋りっぱなし流しっぱなしってこと自体も簡単にやれる話ではないんだけど、 VTuber だからやれることを存分にやってんだなという思いがあり。これって生身の YouTuber でも実現可能な企画ではあるけど、個人的には生身だとちょっと情報量が多くて生々しくなってしまうように思う。バーチャルだから「女子高生が休日に2人で寝起きして丸一日同じ部屋で過ごしている」という設定に、逆説的にリアリズムが湧く。あ、そうか。生身でも実現可能と書いたけど、そこに「女子高生」という設定が入ると途端に危うくなるのか。バーチャルだからこそ垣間見ることができる「日常」、ということか。

なんでこの2人がいいのかって、肩肘張ってない、言い方を選ばなければ「雑」な喋りが心地よいということと、2人の見事な好対照が関係性として唆る部分なのだと思う。不思議な感覚があって、委員長の言動や行動が設定ガバガバなのは言わずもがななので、彼女らはキズナアイのように、演じられたキャラクターとして確立されきっているとは言い難く、明らかに女子高生ではない何者かであることはわかっている。かと言って中の人が透けているかというとそういうわけでもなくて、そこには月ノ美兎という人格しか見出だされない。むしろ彼女は、キャラクターを演じることに徹するのではなく、キャラクターの皮を被りながら、あたかもこれが素ですと言わんばかりの開けっぴろげなトークを繰り広げることで、逆説的に「嘘くささ」が無くなっているように感じられる。平たく言えば裏表が感じられないということ。だから彼女は設定ガバガバであろうとも女子高生なのだ。 notes で公開された授業ノート の妙なリアルさもまた面白くて、わざとらしい小道具としてではなく、女子高生である彼女の日常として受け取ることができる。なんだかこのふわふわした感覚がすごく面白くて、心地いい。

思ったより委員長の話書きすぎてしまったので樋口楓とのそれはあまり書かなくていいかなと思うんだけど、先日発売した『リングフィットアドベンチャー』で委員長がぜーぜー言いながらプレイして、クリア後に手を高く突き上げた「勝利のポーズ」を求められても「死ねえ!!」と最大限の怨念を込めてた裏で、樋口楓が顔色ひとつ変えずにサクサククリアしてたのとか、まぁいいですよね、っていう。そういう。


肉体を強化せし【リングフィットアドベンチャー】


【リングフィットアドベンチャー】体力テストはA。ゲームの腕前は…。

米澤穂信『王とサーカス』

小説を今年あんまり読んでないなということにふと気付いて、先月は積んでいた『王とサーカス』を読んだ。

これがもう7年も前のエントリーだということに自分で驚いてしまうのだが、『氷菓』をアニメで見たときにこんなエントリーを書いた。それから米澤穂信作品は『王とサーカス』含めて4作読んできたが、当時抱いた「矮小な集団の中での才を描く」という米澤作品への印象は、どんどん補強されているのを感じる。

いま異なる言葉を当てはめ直すのであれば、彼は「人間の手の届く距離」に敏感な作家なのだと思う。『王とサーカス』は舞台背景として、現実に起きたネパールの王族殺害事件が敷かれる。しかし物語のスケール自体が、それに引っ張られて大きくなるわけではない。いや、王族殺害事件の疑惑の手がかりと思われるものを見つけたことで、危うくスケールは大きくなりかけていた。それを太刀洗が理性によって検分し、自らの「手の届く距離」を正確に見定めることで、分相応なスケールに収めていく、これはそういう物語だった。知識がと情報が過剰に伝播する現代において、本来であれば手の届かなかった情報を手繰り寄せてきて、自らの価値観で品定めをすることが果たして正しいのかどうか。ミステリーの皮を被ってはいるが、その実メッセージ性が極めて強い文学だったように思う。

SFマガジン 2019年12月号

今年5月に発売されたテッド・チャンの最新短編集『Exhalation』の邦訳版である『息吹』が12月に発売するということで。すごい! わずか半年しか間が空かないスピード刊行! まぁ翻訳済みの短編も含んでいるし、書き下ろしが2編だけという事情を加味するとしても、この速さはなかなかに驚異的ではないかと。めちゃくちゃ嬉しい。

その前哨戦という感じで『息吹』刊行特集の SF マガジンはそりゃもうダッシュで買いに行きましたとも。『息吹』から1編先行収録しているのは後のお楽しみとして読まずに済ませたもの、チャンの最新短編『2059年なのに、金持ちの子(リッチ・キッズ)にはやっぱり勝てない――DNAをいじっても問題は解決しない』を読めたのはよかったです。むちゃくちゃ嫌なタイトルですね。チャンと言えば SF 的なギミックや世界観によって、人間の認知、価値観がどう変動していくかを描いた作品が多い印象だけど、本作はそれを極めてダイレクトかつ端的にまとめていてチャンらしい作品である一方、さすがに短すぎて物足りなさも若干覚えたのも事実。まあ前哨戦としてはちょうどいいボリュームだったとも言えるかもしれない。今年の SF 、百合 SF の話題に続いて『三体』が出て中国 SF がちょっとした話題になったと思いきや、『彼方のアストラ』アニメ化が様々な意味で議論を巻き起こし、シメにテッド・チャン新作。贅沢すぎてどうしたことかって感じ。

僕の心のヤバイやつ / NEW GAME ! / SPY×FAMILY

最近(ってほど最近でもないけど) いま購読している漫画10選(2019年夏版) - the world was not enough を上げたので漫画は個々には掘り下げて言及しないけど10月は以下を読んだ。『SPY×FAMILY』がどこ行ってもかなりの数平積みされててすごいことになってる。

NEW GAME!  (9) (まんがタイムKRコミックス)

NEW GAME! (9) (まんがタイムKRコミックス)

SPY×FAMILY 2 (ジャンプコミックス)

SPY×FAMILY 2 (ジャンプコミックス)

『僕ヤバ』はずっとウェブの連載だけ追ってたけど2巻発売に合わせて1巻と同時にお買い上げ。これ冒頭から一気に2巻まで読み切ると本当にヤバイ。ラブコメ好きな人はまぁいいから読んでほしい。サクッと読めるけど、その実いろいろと伏線描写が丁寧で、何度もページをペラペラ往復して「あああーーーーーこのときのこれってこれ???こういうこと????」ってなりながら読むことになるので。

『NEW GAME!』はだいぶ積んじゃってたのだが、わりかし展開がヘビーになってきた。ゲーム業界に居たことはないのでわからないけど、この業界はクリエイティビティが発揮されるので、ちょっと普通の会社員と違うのでしょうかね。たびたび描かれる社内コンペによるキャラクターデザイナーの決定とか、納期と、時間をかけてでも良いものにしたいという思いとの兼ね合いとか、かなりプライドに比重が置かれた働き方をしていて、それを羨ましくも思うし、どこか危うさを覚えもする。しかし読み応えがあって好き。ぼちぼち終盤か?という展開になってきたけど、青葉たちはどこに着地していくんでしょうかね。