「ふつう」だからこそ

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ライブでイントロや歌い出しが始まった瞬間に、「ああ、この曲が来たかぁ」とニヤニヤしちゃう瞬間というものがあるけれど、前回(第62話)の『ふつうの軽音部』がそうだった。悶えた。

まだ連載が始まって1年ちょっとと短いものの、あれよあれよと人気になっている『ふつうの軽音部』。「ふつう」ってなんだ、って話だが、大多数はメジャーデビューを目指すわけでもなくて、そもそもやる気があるかも怪しくて、でも一部は相当な意識を持ってやっていたりして、そんな方向性の違いとか、恋愛模様なんかですぐギクシャクしたり、バンドも解散したりして、また結成したりして、ライブと言っても校内で内輪ばっかり盛り上がったりして、そんな、まだまだ精神的に不安定な高校生にありがちな、どこかにありそうな軽音部。やたら高度な権謀術数を巡らせて、人を操り、主人公の鳩野が活躍する舞台を作ろうと暗躍する幸山厘だけ「ふつう」ではないという声をよく見かけるが、人間関係を少し俯瞰して、あの人とあの人が仲が悪いから、離れた役職に就けようとか、ちょっと「政治」っぽいことを始めるのもこの時期という気はする。

オリジナル曲なんてそう簡単には作れなくて、基本的には既存曲をカバーして披露するあたりも「ふつう」なのだが、だからこそ、音を鳴らせない漫画での表現であっても、読者は脳内再生で音を鳴らせるという強みがある。そしてよく知られた曲の歌詞を、登場人物の心情やストーリーの展開と重ね合わせるのが、この漫画は上手すぎる。62〜63話はその極地だった。ちょうど大学の頃にヘビロテして自分自身聴いていた曲だけれど、それから十数年を経て、今回の「ライブ」を見てより一層曲の魅力が増したような気さえしてくる。それとこの曲、幸山厘が選曲したというのが何よりエモい。

心情と、曲の歌詞を重ね合わせる、みたいな行為は、高校生ぐらいの頃に自分でもよくやっていたような気がする。あの頃ってまだ感情や心情に振り回されることが多い。人生経験が少なくて、初めて覚える情動……それはポジティブなものもネガティブなものもあって、いずれの方向にせよ自分のキャパシティを振り切ってしまうような強い感情、というものをどう処すべきかわからなくて、その解を他の人が編んだ借り物の言葉に託してみたりする。その託す先が本や漫画や、最近だと「推し」になったりする人もいるのだろうけれど、音楽は、ロックはわずか5分程度の短い時間で、曲の展開も相まって、感情をグッと引き上げてあっという間に全部巻き取っていってくれるような、そういう感覚があった。いろんな場面で自分を重ね合わせた、大切な曲がいくつもあった。

『ふつうの軽音部』で披露される楽曲は、それぞれのキャラクターの思いとマッチしたフレーズを、ぽつ、ぽつ、と丁寧に拾い上げながら演出されていく。先に演奏させたい曲を選んで、それにあわせてストーリーを組み立てているような気がするが、時には1つの曲に複数人の状況が混ぜ合わせられていて、こんな巧みに群像劇を作れるものなのかと驚く。主人公のみならず、その周囲の人々の心理や揺れ動きをきちんと丁寧に描いているからこそ、読者のキャラクターに対する理解や親近感もグッと増したところで、効果的にライブ演出が効いてくる。彼ら彼女らの心情と、音楽と、その音楽を聴いてきた読者自身の経験と、そのすべてが相まって、ライブシーンが最高に輝く漫画になっている。

「ふつう」だからこそいい、というか、ふつうの、どこにでもあるような部活動のなかでも、真剣に頑張っていたり、必死な思いで歯を食いしばっている人たちがたくさんいたし、いるんだよなと。キャラクター誰をも好きになれる要素があるし、音楽を好きだと思わせてくれる漫画だと思う。不穏や敵意のような影があっても、きっとこの漫画は悪い方向へはいかないだろうという、信頼のもとで毎週日曜日を楽しみにしている。