宇宙の真ん中で記憶を失ったライアン・ゴズリング

書籍『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の上下巻が並んでいる
『プロジェクト・ヘイル・メアリー 上・下』(写真は22年3月)

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、予告編を見た。原作は、映画『オデッセイ』の原作『火星の人』を手がけたアンディ・ウィアーの第3長編で、個人的には『火星の人』にも勝るぐらいに好きだった。原作を買った時点で、「映画化決定!」の帯が巻かれていて、とても楽しみにしていた。クオリティに期待ができそうな予告編でわくわくした。でも結構なネタバレをしていて、ああ、ここまで予告の中で描くんだ、というのは多少なり驚かされた。

原作は「ネタバレ厳禁」「黙って読め」みたいな感じで当時言われていたのを思い出す。そういう売り方をされていたと言うよりは、SNS上でそういう扱われ方をされていた。ネタバレを避ける気持ちは理解できる。この作品はなんというか、物語を読み進めて「ネタバレ」されていく過程そのものを楽しむようなところがあるからだ。

主人公は記憶喪失である。目を覚ますとそこは、地球から遠く離れた宇宙船のなかで、他には誰もいなくて、そして自分の名前さえも思い出せない。そんな状況から物語は始まる。自分はなぜここにいて、なぜ眠っていて、これから何をしなければならないのか。真っ白な船内で、主人公はたったひとりでその謎を解いていき、やがて彼は自らに課せられた使命に辿り着き、壮大な「プロジェクト」が始まっていく。これはそういう物語だ。主人公と同じく、我々は「記憶」のない状態で物語を読み始め、主人公とともに記憶を取り戻していく。彼とともにこわごわと、少しずつ真実を明らかにしていく過程を楽しむ、そういうミステリアスな読み方が一番楽しめるのだとは、確かに僕もそう思う。そしてその先に、ちょっと意外な真実もあったりする。

映画の予告編は、彼の「プロジェクト」が何なのか、その先に待ち受けている「意外な真実」までもをそれなりに描いている。この予告編を見た上で映画を見るならば、それは自らに課せられた謎を解くミステリーではなくて、その先にある「プロジェクト」のプロセスそのものや、宇宙とSF自体を楽しむということになりそうだ。

それはそれで別に「あり」だと思う。というか、予告編で描かれている内容は、実のところ原作の帯にもそれなりに書かれていて*1、先述したようなミステリアスな体験をするには、帯を見ないふりをして原作を買い、家に帰ったらすぐに帯を破り捨てるという過程が求められる。当時の自分がどうしていたかはまったく覚えていないのだが、たぶんなるべく帯を見ないようにして読んでいたようには思う。あとは上巻を読み終えてから下巻を買っていた。下巻の帯に書かれている内容は、上巻を読み終えた時点ですでに明かされている。だから上巻さえ読んでしまえば、帯のネタバレに怯えることはなくなる。

映画予告編ぐらいのネタバレを食らったところで、面白さが揺らぐ作品ではないと思っている。『オデッセイ』『火星の人』を見たり読んだりした人ならわかると思うが、あの、宇宙の真ん中にいながら、身近にあるものを創意工夫で使いこなして困難なミッションへと挑んでいく様は、今作でも健在だ。現実を直視して、科学と知識を信頼して諦めずにベストを尽くし、希望を紡ぎ上げていくような、そういう物語はたまらないものがある。だからと言って『オデッセイ』の二番煎じというわけでもなく、物語は異なる方向性へと進んでいき、SFとしてもまた別の魅力を持っている。読みやすいエンターテイメントな海外SFとしては、古今東西で一も二もなくこれを推したいぐらいには良くできていると思っている。

何より主演がライアン・ゴズリングだというのが本当に楽しみだった。そのことは邦訳発売時点から決まっていたので、僕は原作を読み進めていたときすでに、脳内に「宇宙の真ん中で記憶を失ったライアン・ゴズリング」が駆け回っていた。こう言ってはアレだけど、彼はどうして不憫な目に遭うのがこんなに似合うのだろう。『フォールガイ』にしても『ラ・ラ・ランド』にしても。あの少し垂れ目で、アンニュイな感じの目元がそうさせるんだろうか。一方では、降りかかる不幸をグッと受け止めて、それでも歩みを止めない不屈さみたいなものも彷彿とさせるところもある。『ファーストマン』ではアポロ11号船長のニール・アームストロングを演じていたが、人類で初めて月面に降り立つまで、などというあまりにタフな人生に、ライアン・ゴズリングは本当にハマっていた。その彼がまた宇宙へ行き、今度は哀れにも記憶を失ってしまうのだという。申し訳ないが本当に本当にハマり役だと思う。

ネタバレ厳禁、黙って読め、見ろ、という誘い文句は、ある程度博打的にエンタメを消化できる人にしか刺さらないハードな勧め方であり、内容を多少なり明かしてしまったほうが当然プロモーションはしやすい。だからこれはこれでいいのだと思うし、気になる人はぜひ予告編を見て、本編への期待度も上げてほしいとも思ったりする。ネタバレされても、それでも絶対面白いからと、全幅の信頼を『プロジェクト・ヘイル・メアリー』には、そしてライアン・ゴズリングには寄せている。

*1:初版発売当時の帯の話であり、現在書店に並んでいる帯も同様かは知らないが、Amazonを見る限り現在も同じ帯のようではある。