変わることに肯定的なものを見い出していく

大井町駅から大井町トラックスへ出る、トラックス口と呼ばれる改札に人気がない様子を写した写真。
大井町駅のトラックス口に人がいなくて心配だったが、トラックス自体は賑わっていた

金曜の夜は大井町で予定があり、待ち合わせより早めに着いたので、3月末にオープンした大井町トラックスを少しだけ見て回る。最近都内で多い、住居やオフィスと商業施設が一体となった複合型の超高層ビルを核とした駅前再開発。この手の開発が無味乾燥としていて、旧来のコミュニティとの接続がない、なんていう批判もよく見るけれど、地元の人間ではないとそういったあたりはよくわからない。ただ、大井町についてはJR、りんかい線、東急と3つの鉄道会社が乗り入れているがために、よく利用はしてきた駅ではあり、どちらかと言えば小さな飲食店の多い、下町感の強い街として認識していたから、なんだかやたらにでかいのが建ったなぁと、従前からのギャップみたいなものは感じた。

とはいえ3路線の乗り入れがあるぐらいだから、もともと人の往来は多く、こういった施設が繁盛する下地はあったはずであり、まだ開業からまもない金曜夜ということもあってか、行列を作っている飲食店もいくつか見られた。若々しいブラックスーツの集団にも出くわして、そうか歓迎会、と思い至る。新卒が数十人といった単位で入ってくる会社には10年近く勤めてなくて、4月になってもあまり大きな節目という感覚を最近は抱いていないが、この時期は世間的にはガラリと生活や環境が変わっていく、そういう時期なのだと思い出す。数千人規模の大企業にいた頃も昔はあって、確かにその頃は4月になると知らない若い顔が……といっても当時は自分と2〜3しか変わらない年齢ではあるものの、オフィスで見かける顔ぶれが少し変わって、大型連休という次の区切りを迎えるまでの数週間は、どこか浮き足立ったような空気が流れていた気がする。4月が特別な月ではなくなって長らく経ってしまったので、そういった形で時間にリズムと代謝が生まれるのは、ちょっとだけ羨ましくも感じる。

これもまた10年以上前になるが、「メタボリズムの未来都市展」という展示を森美術館へ見に行ったことがある。メタボリズムという単語を肥満を意味する言葉として捉えている層がいまだにいるかはわからないが、本来は新陳代謝の意味であり、都市という静的に見える存在もまた、人口増加や経済発展に従って有機的に変化していくべきだ、という、高度成長期頃にあった日本の建築運動を意味する。象徴的存在だった、黒川紀章の中銀カプセルタワーが数年前に解体されたように、この運動自体はほぼ頓挫したと言っていいのだろうが、都市が代謝をしていく、数十年程度のスパンでスクラップアンドビルドを繰り返していくというのは、災害の多いことも手伝って、この国では常のようなものになっている。自分が都市や近代建築というものに興味を持ったのは、この展示を見たときからだと記憶している。

だから、都内で急速に進む再開発を、基本的には楽しんでいる。せっかくなら面白そうなものが出来て欲しいし、導線が劇的に変わったり、建築によって街の表情ががらっと変わるようなところを見てみたい。新しくなる、代謝をするということが、できたら肯定的な意味合いを生んで欲しいと願っているし、あるいはそこに、変わることに肯定的なものを見い出していくことが、これから生活していく人間としての役割なのではないかとも思っている。とはいえ渋谷駅の導線は誰もが言うようにしんどく感じる自分がいるけれど、最も混雑するハチ公口を使わず、スクランブルスクエアの2階あたりからJRに出入りするルートを使って、ついでにスクランブルスクエアの店を冷やかしながら歩くようになってからは、そこそこ渋谷を楽しめてもいる。

もちろん、再開発で取り壊される街並みへの名残惜しさもあって、昔住んでいた中野が変わっていくことにちょっと寂しさを覚えたりもしている。中野サンプラザの取り壊しが、建築費の高騰で中断されたままになっているが、いっそこのままずっと残り続けてくれ、みたいな不合理な願いも確かに持っている。その点でいけば、同じく取り壊しが中断されて、一度テナントが退去した後に結局再オープンしてしまった五反田TOCビルは潔が良くて、関係している人たちは大変なんだろうけれども、こちらとしてはちょっと愉快にも感じてしまう。TOCへ戻った店もあるみたいだが、移転してそのまま別のところで営業をしている店もある。先日、そのうちのひとつであり、やはり再開発ビルである五反田JPビルディングへ移転した「志野」で食事をしたが、サラリーマンが10人ぐらいの大所帯でわーっと来ては、わーっと楽しそうに飲んで帰っていく風景が何度も繰り返されていた。

七味で炒めた豚肉と千切りキャベツが乗った皿、スープ、ごはんの写真。
「志野」のニクシチ