文学フリマ東京、ランチをどうしようかというのを、いつも悩む。一般入場開始が12時で、だいたいいつもジャストには行かず12時半〜13時ぐらいに着くようにしているが、それでもランチタイム直撃の時間帯ではあり、先に食べて来るか、終えてから食べるかの2択になる。「途中で食べる」という選択肢もありそうなものだが、会場の東京流通センター周辺は物流拠点であり、飲食店は充実していない。「終えてから食べる」をやってみたことがあるが、回り終えるまで2時間以上はかかるので、そこから移動して食べ始めるのが15時〜16時。広い会場を端から端まで、重い荷物を背負いながら歩いた末に、その時間のランチ、腹ぺこが過ぎるので二度とやるものかと思ったものだった。結論、だいたいは事前に、どこかの駅で乗り換えがてら食べて来ている。
それが初めて、会場周辺で食べてみようかと思ったのが今回の文学フリマ東京38。というのも、東京流通センターでの開催はおそらく今回が最後だったから。次回、12月開催の「東京39」は東京ビッグサイトへ会場を移す。その次の「東京40」はまだ詳細が発表されていないが、一般入場者も出展者も右肩上がりに増えてきた結果の会場移転、元に戻るということは考えにくいだろう。自分は他のイベントでここに来るということも最近はなかったし、何かの拍子に来るような場所でもないし、これを最後にもうほとんど来る機会がなくなると考えると、一度ぐらい「流通センター飯」を食っておくか、という気になった。
とはいえ、すでに書いた通り飲食店は充実していない。知る限りだと駅前のゆで太郎か、流通センターの中にいくつか飲食店があるものの、ほとんどが平日営業で、文フリの日に開けてくれているのはタリーズコーヒーと、パキスタン料理のシディークだけだ。ゆで太郎はまぁ、どこにでもある。タリーズもそうだし、あそこはいつも混んでいて入れそうに思ったことがない。ならばシディークか。神保町にも店舗があり、そちらには行ったことがあるし今後も行けるけれど、この中ならシディークだ、と決めた。
会場内でランチをするならば、選択肢から外していた「途中で食べる」ができるわけである。文フリ東京は第1と第2展示場、2つの建物で開催され、シディークがあるのは第1展示場のほうになる。ならば第1を先に見て、そのままランチをしたのちに、第2へ行くことにした。いつもよりは気持ち短めに「第1」を巡る。今回事前に目星をつけていたのは「第2」のほうの1ブースのみだったが、森見登美彦、円居挽、あをにまる、草香去来の4氏による『城崎にて 四編』(4名サイン入り)という、いやそれは買うだろというものを筆頭に、結局「第1」でも3ブースほどを回った。それで時刻は13時。腹の空き具合的にもちょうどよく、満を持してシディークに向かう。さすがに盛況のようで、少し並んだ後でカウンター席へ通された。
バターチキンカレー、ナンとサラダが付いて880円。神保町店に行ったことがある、と言っても10年以上前が最後になるので、「変わらない味」なんて白々しく言うことはできないが、この味だったような記憶はある。辛いものは得意じゃないので、パキスタンカレー、インドカレーの店に行くときはいつもバターチキンだが、ここのバターチキンはとにかく甘い。全然辛くない。それが物足りない人にもいるかもしれないが、自分は本当に助かる。そしてシディークは安い。よくある「ナン食べ放題」こそ付いてはいないが、一番安い日替わりカレーなら680円というのはなかなかに嬉しい。表側はもちっとしていて、裏が茶色くパリパリに焼けたナンは確かに美味いが、ナン食べ放題、そんなに食べ放題するほど食うか? ナン? とはいつも思う。が、別に量が食べたいわけでなくてもナン1枚だとカレーが余ってしまうので、つい頼んでしまうというのはよくわかる。この日も余った。若い頃なら追加ナンを頼んだかもしれないが、それなりにいい歳なので、スプーンでカレーだけをすくって最後まで食べる。これが最初で最後の「流通センター飯」である。いまのところ。
そして、ありがたいことに「第2」では食後のコーヒーが飲める。西国分寺の クルミドコーヒー が1杯400円でコーヒーを売るブースを出してくれている。雑誌などにもよく掲載される有名なカフェで、一度行ってみたいと思いつつ行けていなかっただけに、ここで邂逅できたときは驚いた。 クルミド出版 という小さな出版業もしていて、文フリでブースを出していると知ってさらに驚いた。本を購入しつつ、カフェにも一度行ってみたいんですよね、と雑談を向けると、クルミドの方ではなく、隣で本を選んでいたおばさまが「ほんと素敵なところよ〜」と勧めてくれたのを覚えている。結局まだ訪問できていないのだが。
文フリの話なのに食の話ばかりになったが、今回は5冊。いつもならザッと全体を巡るところ、個人的な都合と、合間に食事を挟んだのもあって、滞在時間はいつもより短く、「第2」の1階などはまったく足を踏み入れられなかった。
先にも書いた『 城崎にて 四編 』は書肆imasuから刊行される1冊(一般販売は24年6月)であり、「城崎取材旅行を堪能した男たちによる、四篇の「城崎にて」を採録したアンソロジー」だという。執筆陣からして面白そうであること、この上ない。池谷和浩『 フルトラッキング・プリンセサイザ 』は、書肆侃侃房の文芸誌『ことばと』の「ことばと新人賞」受賞作であり、前回の文フリで購入した『ことばと vol.7』に掲載されていたのを読み、この度書き下ろし2編を加えて単行本化される、文フリには著者の池谷先生もいらっしゃると聞いて、ならば文フリで買わねばと、これが今回最大の目当てであり、しっかりサインもいただいた。作中で明示されるわけではないが、おそらくはADHD的な傾向にある主人公の目線で進む物語は、きっと気になることが多いのだろう、要ること要らぬこと豊富に細かく日常が語られて行くが、それが不思議と過剰に感じることはなく、文章は読んでいて心地が良い、独特のバランスがあって印象的だった。今回の単行本、書き下ろしの範囲のほうがなんと長いということで、とても楽しみにしている。
『 谷保ZiNE 』は、自分がむかし、谷保の近くに住んでいたので興味をそそられた。谷保は国立市南部のエリアであり、文教地区として有名な国立駅周辺と比べれば、お店も少なくてのどかなエリアになる、が、その実地域に根ざした面白い店も多く、またそういった店が増えてきてもいるらしい。確かに過度に賑わってはいないが故のつながり、コミュニティ、谷保というのは「ちょうどいい」街かも知れないと、ブースで話を聞いていて昔を思った。自分も昨年、たまたま谷保のカフェを訪れる機会があったが、数年前に出来たというその店は非常に居心地が良く、店の方もとてもフレンドリーに話してくれたのを覚えている。また行かねばな、と思う。このZINEを置いている、谷保の小さな書店兼出版社である小鳥書房がそのおとなりでブースを出していて、こちらからは落合加依子『 浮きて流るる 』を買った。
そして『 ジリィスタイル さよなら流通センター&ゲーム特集予告編 』は、今回の自分の感傷とマッチしていたので思わず足を止めた。出展側で参加されてきた方々が寄稿している文章なので、自分の感傷とはまた違う、さらに深い思いが様々あるところだとは思うが、この場所に同じように何度も足を運んだ多くの人たちが、冬からは一緒に今度は有明へと向かうのだ、ということを思う。東京モノレールの激しいアップダウンのある乗り心地が好きだった。ゆりかもめの、あの静かさでは、物足りなく思うかもしれない。