the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

COVID-19 と生活 (4) - あの日見た数値の意味を僕達はまだ知らない

最近の素直な実感を言葉にすると「なんかもうわっかんねぇな」になる。なんもわからん。何をどう考慮していいのかわからんし毎日数字とにらめっこして「うーん」って出ようのない答えを出そうと渋い顔をするのも疲れてきた。

緊急事態宣言が解除されて以降、徐々に陽性者が増える一方で、「いや、今は検査数をだいぶ増やしているので、4月5月ぐらいとは状況が違うんです」という声が Twitter などで散見されるようになった。僕は統計をある程度かじってはいるが感染症の専門家ではないので、統計的に数字を判断することは多少できるが、しかしその数字が感染症の拡大という点においてどのような判断材料になるか、ということは何もわからない。検査数が増えた、だから陽性者も増える。傍から聞くと「そうなのかもね」と思う一方で、検査人数増えたら比例して陽性者が増えてしまうのは本当に大丈夫なのか?と疑いもする。それだけ潜在的に陽性者の絶対数が増えているわけなのだから。

どちらかと言えば重要なのは感染経路不明率あたりだと考えていて、そちらの数字をよく見ていた。報道で言われる「夜の街」とやらのクラスターに対して集中的な検査を行なっていて、だいたいそこから陽性者が出ており、感染経路は追えているのであれば、人数が膨れていても市中での感染が拡大しているわけではないと言える。しかしどうもそうではなく、常に東京都においては半数程度が感染経路不明になっていた。その状態で「数字だけを追っても仕方ない」「陽性者の数に一喜一憂しても仕方ない」と言われても、何が仕方ないのかよくわからず、鼻白んでいた。数か月前まで数字を追って色々と騒いでいたような気がするが、数字の扱われ方がすっかり変わってしまったような空気にどうも馴染めない。数値目標をある程度掲げなくては、客観的判断もできないだろうと思うのだが、東京都は数値目標を設けることもやめてしまった。病床の使用率などでアラートを上げる仕組みになっている大阪モデルをわりと羨ましく感じている。

ということで、ニュースを継続的にチェックはしているが、もう数字にこだわるのはやめつつある。数字が下がったから外に出ようとか、そういうのはあまり意味がないように思えてきた。今、特に行政側で一層の感染抑止は図らないようなので、あとはもう自分なりにやれることをやるしかないだろう。それは今年の2月、3月あたりから、もうずっと変わらない。感染者数などの数値が上がろうが下がろうが、国内で完全に撲滅されるか、ワクチンが普及しない限り、この感染症を拡大させてはならないという前提は変わりようがない。だったらもう、数字を気にして己の行動を変えるようなことはせず、ニューノーマルを受け入れて一定の生活を淡々と続けるほうが心身には良さそうだ。原則的に出社はしない。買い物もまとめてする。休日の外出はなるべく神奈川県内に収め、県境をまたぐ場合も東京以外の隣接県を優先し、それ以上には足を伸ばさない。外食は週に1回か2回程度。体温測定、運動、睡眠、マスク、手洗いといった基本的な対策は怠らない。人混みには近づかない。好きなお店には遠隔から意識的にお金を落とす。いつまでこんな状態が続くのか、とネガティブに考えず、これがもう我々の日常であり、その中でポジティブにやっていこうと思う。

とはいえ世の中が「経済活動再開」という方向へ向かいつつあるのは確かで、今年の後半において、様々なイベント開催も徐々に告知されるようになってきた。残念ながらコミックマーケットについては、年内は一切開催されないという稀有な年になったが、一方で僕が毎年足を運んでいるマジカルミライについては、8月開催予定だった大阪公演が11月に開催されると発表された。12月予定の東京公演については今のところアナウンスがない。コミックマーケット準備会が、五輪の1年延期により、東京ビッグサイト幕張メッセなどの使用が来年まで困難になっているとコメントしていたが、とすると幕張メッセを会場とする、マジカルミライ東京公演についても、おそらくは危ういのではないか、と想像している。マジカルミライがない夏というのは何年ぶりだかもわからない。この時期は例年、京都の祇園祭に行くことも多かったのだが、今年はそれもない。さらには長梅雨が重なって連日悪天候の今。数年前のちょうど同じ頃、蒸し暑い京都四条をビールを飲みながら練り歩いていた自分の姿を、どうにも思い描きづらくて困る。四半期に一度は何かしらイベントか小旅行を組む質だったのだが、それが生活にちょうどいいメリハリをつける、メルクマールとして機能していたのだなということに気付く。最近は本当に日常がのっぺりとしているように感じられて、終わりがなく、始まりも思い出せず、少々メンタルも芳しくないように感じつつある。

Image from Gyazo

本来であれば、この連休から東京オリンピックだった。オリンピックが延期になったところで、付随するキャンペーンの類はもうストップすることができないらしく、街中で見かける商業広告だけが、空虚に別の世界線の存在を示している。