the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

2018年5月 - 舞台『1984』 / ゼロの執行人 / ソラリス / 恋は光

舞台『1984

言わずとしれたジョージ・オーウェルディストピアSF。トランプ政権誕生後によく名前を聴くようになったし、シンプルにあの世界観を演じるというのは面白そうだと思い見に行った。ちなみに海外ではなんかすごいことになってるとか。日本版は演出が少し異なるようで、そんな嘔吐感を催すまでのものはなかった。

この記事にも書かれているが、観客に問いかける双方向性を持った演劇だった。最後の101号室の拷問シーンでは第4の壁が取り払われ、あたかも観客が拷問を傍観しているかのような仕掛けがある。そこで問われるのだ。なぜ黙って見ているのかと。

「党」の側に立つオブライエンは言う。我々に敵など存在しないのかもしれない。しかし我々は常に勝利し続ける、と。Twitterなどで常になにかに対して勝利する人たちを我々もよく見かける。

これはやはり、あまり他人事でもないのかもしれない。それもトランプ政権といったセンセーショナルな動きに基づいた話ではなく、もっとミクロなところに、全体主義的なものは入り込んでいるのではなかろうか。

名探偵コナン ゼロの執行人


劇場版『名探偵コナン ゼロの執行人』福山雅治主題歌 予告映像【2018年4月13日公開】

流行っているので見てしまった。コナンって漫画は基本的にミステリーで、まぁたまに爆発もするけどそれが本筋ではないと思うんだが、映画になるとなんでこんなネジが外れるんですかね。視覚的に面白いからいいんだけども。

安室透、の魅力と言うのを正直そこまで感じられなくて。悪い意味じゃなくて、「あれ?こんな程度?」という感じだった。期待値が高すぎたのか、もっと右に左に大活躍かと思っていたんだけど、ほぼカーアクションだけで意外にこじんまりしていた。しかしまぁ、コナンに「彼女いるの?」って聞かれて、「僕の恋人は……この国さ!」とドヤ顔してRX-7のエンジン蒸すってのは悪くないんじゃないでしょうか。

この映画をきっかけに安室透と赤井秀一についていろいろ調べてしまって、本編だいぶ面白いことになってんなって気づいてしまい、原作をちょっと読みたくなってしまっているのがマズいです。小学生の頃の印象だとマンネリと事件解決している感じだったのだが、出ているコミックスの後半半分ぐらいはこれかなり本気でミステリーやってんじゃんって見直してしまった。コナン、ド派手アクションもいいけど、やっぱ原作の誰が敵か味方かわからなくて、案外冗談抜きで死に近いとこを渡っているスリルが面白いんじゃないかなー。90巻はさすがに手を出しづらいけど、とても気になる。

スタニスワフ・レムソラリス

知性を持つ海、という異形の地球外生命体と、人間との交わりを描く古典SF。

面白い、というより美しいSFだった。前半は「海」からもたらされる、悪意にも似た「コミュニケーション」でおよそホラーのような印象を覚えるが、その真意やソラリスの全貌が徐々に明らかになっていくに連れ、決して交わりうることのない、支配することもされることもできない他者、という絶対的な存在が本当に美しく立ち上ってくる。異星の生命と如何にコミュニケーションを取るか、という普遍的なテーマの、一歩先にある哲学を、これほど古い作品で描いていたのか、ということに驚いた。

秋枝『恋は光』

何ヶ月かかけて読んでいたのを読み終えた。なんというか、漫画なんだけど文学的で、恋愛とは何かという問いに対してめちゃくちゃ真面目に向き合ってしまっている作品。その結論として主人公たちが出す答えが、必ずしも「綺麗」なものではなかったので、結果として物語の終わり方も綺麗でスッキリするとは言えなくなっているのだけど、そこまでストイックに恋愛を考える姿勢にはとても好感した。いわゆるハーレム状態が発生はするのだが、ハーレムものにありがちな有耶無耶エンドより100倍良い終わり方だと思う。

あわよくば、この先が見たい。この作品で描かれたのは、主人公が「恋愛とは何か」に頭の中で答えを出した結果として、一つの選択肢を選び取る、というところまでなので、では実際に彼の考える「恋愛」を体験してみて、一度出した結論が変わるのか、それとも変わらないのか、まで見てみたい。真面目な恋愛漫画、もっと読みたい所存。