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物語偏愛者の詭弁と戯言

Tokyo 7th シスターズ『EPISODE 5.0 -Fall in love-』 - そして、大人になる

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自分が推していたアイドルが、アイドルを辞めてしまった後の物語が突然に降ってくる。それだけでもかなりインパクトの強いエピソードだった。

バッドエンドのその後

Tokyo 7th シスターズは、アイドルを育てるゲームでありながら、アイドルの偶像性をときに否定する。特に昨年発表された『EPISODE 4.0 -AXiS-』以来、物語は長編化と、ドラマ性に富む傾向を強め、そのメッセージも深く、またナナシスとして独自性を放つものになってきている。『4.0 AXiS』ではアイドルとしての「勝ち負け」をつけることを求められ、その勝負の趨勢が絶望的であることを悟った末に、アイドルであることよりも、ただ1人の女の子として舞台に立つことを選んだ。『0.7 -Melt in the snow-』は、アイドルとして公で大きな成功を掴んでいくことよりも、自分にとって大切なことを選び、アイドルであること自体をやめる物語だった。今回の『5.0 -Fall in Love-』に至っては、主人公たち 777☆SISTERS はすでに解散して、そのほとんどが事務所を去り、明確にアイドル活動を継続しているのがわかるのは晴海シンジュただひとりだけだ。アイドルにはいつか終わりがくる。「きっと、この時間は永遠じゃないんだ」ということを、まさかのサービス終了前にファンへ突きつけてきた。

しかも 777☆SISTERS の最後は、断片的に語られている限りでは、あまり良い終わり方だったようには思えない。前作『4.0』の終盤で、彼女たちのマネージャーであり、彼女たちを導く先輩アイドルでもある六咲コニー = 七咲ニコルが事務所を去ったことが曖昧に示唆されていたが、本作で彼女は「何も言わずに突然消え、その後9年にわたり消息もわからない」のだとあっさり明かされる。 777 の解散がそれを直接の原因としていたのかはわからないが、影響が一切ないとは言えないだろう。特にコニー失踪、拾ってきた犬にコニーという名前を付けたという、春日部ハルのエピソードは直視できないほどに痛々しい。そんな精神状態だったハルたちが、『5.0』の時間軸で何をしているのかはまったく語られない。ある意味でこれは、バッドエンドのその後を描いたような、そんなエピソードだった。

大人になることは、何かを喪うことではない

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すべての物事は変化していき、いつかは終わっていく。そのことをこのエピソードでは、「大人になること」というテーマに変えて語っていく。

16歳になった有栖シラユキは、漠然と大人になることへ憧れを抱き、それより少しだけ先を行く17歳の星柿マノンは、大人になることに恐れをどこかで感じる。アイドルとして活躍していきたいけれど、すでに人気を得ているターシャや、 777 全盛期を経験しているシンジュと比べて、自身に人気も実力も足りていないことを彼女は悩む。彼女が考える「アイドル」にはなれない。それであればせめてきちんと「大人」になりたいと、マノンは小さなころから自分を支えるおまじないだった魔法のステッキを、子供時代の象徴として、中盤で打ち捨ててしまう。前作の高校生時代から時を経て、24歳になった芹沢モモカも、「大人」という言葉を口にする。自分に自信を持てないマノンは、誰かに頼るのではなく、自分で自分の一歩を踏み出して、大人にならねばならない、コニーならきっとそう言うだろうと語る。しかしそんなモモカもまた、大人になることができていない、コニーという過去にずっと縛られたままでいると喝破するのがシンジュだ。彼女たちが描く「大人」像は、過去の自分を脱ぎ捨てて、新しくなった自分の足でひとりで歩いていくような、そんな姿として共通している。

彼女たちと比較して、唯一本当の「大人」であるように描かれているのが、29歳の若王子ルイだ。

『自分』から逃げることはできないんだよ。たとえどんなに素晴らしい才能があっても、どんなにたくさんの経験を積み、大人になっても。失敗も、後悔も、寂しさも、きっとなくならない。辛いだろ? 辛いよな? でも、そんな辛く険しい人生の中で、君が君のことを信じてあげなかったら、誰が君のことを信じてあげられるんだい?

ルイがマノンに諭すように語ったこのセリフが、今回の主軸となるメッセージだったろう。大人になるというのは、過去を捨てて新しい自分になるような、魔法のような変身ではない。それこそアイドルのような「偶像」を得ることではない。辛いことも受け入れて、ありのままを受け入れて、自分を信じて生きていくことこそ、大人の姿なのだとして描き直す。大人になるために、何かを捨て去る必要などはないし、そもそも逃げることもできない。大切なものはずっと大切なままでいい。それは大人になる過渡期にいる、作中のマノンたちに対してだけではなく、「終わり」を迎えたあとの、すべての者に対してのメッセージとして響く。

Fall in Love

『5.0』ではタイトル通り、もう1つ「愛」もテーマとして敷かれていた。これは『4.0』『0.7』『5.0』というストーリー性に重きを置いた3つのエピソードで、共通して根底に置かれ続けていた。『4.0』における、ネロから姉への愛、ニコルからハルへの愛、ハルから「私の背中を押してくれたアイドル」への愛。『0.7』におけるミトから祖母への、セブンスシスターズからミトへの愛。愛と言うと重いのならば、誰かを大切に想うことと平たく言い換えてもいい。

『5.0』は、一度物語を終えてしまっている、シンジュとモモカに対する救済の物語でもあった。コニーの失踪という、明るくはない形で幕を閉じた物語において、シンジュとモモカの2人だけは「泣く」ことができなかったのだという。その理由として、シンジュは「涙を隠しながら、這ってでも前に進もうとし」たのだと悲壮に語り、モモカはコニーに捨てられたんじゃないかという、当時の疑念を吐露する。方向性は違うが、2人ともコニーとの別れに正面から向き合い、受け入れることができずにいたという点では同じだ。大好きな人に、大好きだと言うことができなかったという、特にモモカの後悔があまりにつらい。9年前は「熱心」という言葉から最も遠いところにいて、誰よりもひょうひょうとしていたはずの彼女の口から告げられるセリフは、それを向けられたシラユキよりも、我々の胸に重く響く。

自分の大切な仲間に、マノンに伝えてあげて。下手でもなんでも、鼻水垂らしながらでもいいから、伝えてあげて。私には、私たちには、できなかったから。

このセリフを受けて、シラユキは最終的に、マノンに対する憧れを本人に伝えることができた。自分に自信がなくて、アイドルとしての価値を見出せなくなっていたマノンは、自分に対して憧れてくれたいた人の存在にここでようやく気付く。誰かをただ想うだけではなくて、それをきちんと伝えることが、相手の背中を押す。ナナシスは常に、「誰かの背中を押す」物語として在り続けてきたが、それがここでも踏襲されている。

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「大切なものが変わって、失くしてしまうのが嫌だったから、自分から先んじて変わることを選び、大切なものが変わらないよう、胸の奥に鍵をかけた」というシンジュも言葉もまた重い。僕としては、これを受けてターシャが語る「羨ましい」という言葉がすごく好きだ。シンジュはまだ大学生だが、すでに大切な仲間がいて、彼女たちと過ごした物語という支えを自分の中に持っている。ターシャはそれが羨ましいのだという。メタ的に考えてしまうと、主役級に据えられていたシンジュより、ターシャのほうが幼少期のエピソードは「薄い」のだ。それは作中においても、シンジュが「元・伝説の 777☆SISTERS メンバー」という触れ込みでブレイクしているという形でも表されている。すでに喪ってしまった過去の物語はつらいものでもあるかもしれないが、それが今の自分を支えていることは確かだ。 777 が誰かの背中を押したのだとすれば、それはシンジュの背中をも押していたのだ。自分にとっては辛くて険しい経験で、喪いたくなかった後悔の塊かもしれない過去であっても、他人からすれば羨ましく見えたりもするのだ。このエピソードにおいて、メインキャラクターの1人でありながら、少し傍観者としての態度を貫くターシャの在り方が、エピソード全体に良いバランスをもたらしているように思う。

冒頭に書いた「アイドルの偶像性の否定」と、この「誰かの背中を押す」という概念は、表裏であるように自分は捉えている。この世界で描かれるアイドルは、言ってしまえばトップアイドルになる必要があるわけではない。誰かの背中をほんの少し押すことが、次の物語へと繋がる連環を導いていく。ナナシスにおけるアイドルとは、そんな素朴な存在であるように思う。ナナシス全体が、六咲コニーを主軸とした物語であるとするならば、『EPISODE 5.0』は、彼女から春日部ハルと 777 へ、 777 から次の世代へという、2度の継承の末を描いた物語だった。突然9年という時間が過ぎたことには誰もが驚いたが、誰かの背中を押した、その先まで描ききるということは、このシリーズがこなしておかなくてはならない、1つの義務でもあっただろう。

完結へ

物語は次の『EPISODE 6.0』で完結することが予告されたが、この『5.0』を踏まえて、次に何が描かれるのかがどうにも想像しづらい。そもそもにして時間軸はどうなるのだろうか。『4.0』の時点に再度戻ることも考えられるが、今回あまりに辛い 777☆SISTERS の終焉が描かれてしまった故に、それでは救いのない終わり方になるようにしか思えない。あるいは『5.0』の終了時点からまた時が経つのか。9年後の世界の物語は、コニーとの再会をもってそれなりに綺麗に収まったようにも見えるが、他のメンバーの動向などを交えつつ、まだ続くのだろうか。となると最後のエピソードは、主役たる 777☆SISTERS が不在という形で描かれることになってしまう。それもまた考えにくいところではある。今はただ待つしかないが、『4.0』以降の強い物語を経てきただけに、ひたすら大きな期待をしてしまう自分がいる。

そして最後にもうひとつだけ書くと、今回で一番尊みを感じたのがルイとマノンのデート風景だった。コニー以外のセブンスシスターズメンバーと、現ナナスタメンバーの初めての絡みが、こんなにも濃く贅沢に描かれるとは思っていなかった。星柿マノンの今回の役割、あまりに美味しすぎたと言わざるを得ない。

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これを書くのに1か月近くを要した、恐ろしく難産なエントリーになった。それほどに『5.0』のことが好きだ。ナナシスという物語を追っていた意味があったと、そう強く思わせてくれるエピソードだった。