the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

『gifted ギフテッド』 - 子どもの幸福と権利について


クリス・エヴァンス出演 映画『gifted/ギフテッド』予告

今年の映画初めは『gifted ギフテッド』にした。昨年の映画納めが『キングスマン(第1作)』のリバイバル極上爆音上映@立川シネマシティだったし、『キングスマン ゴールデンサークル』も早く観たいところではあるんだけど、『gifted』はそろそろ都内での上映が終わりそうなので。。まぁ『キングスマン』で年を始めたから今年1年騒がしくなりそうだし、いいんではなかろか。

亡き女性数学者が産み落としたギフテッド、つまりは生まれついての天才である少女をめぐり、姪には普通の教育を受けさせて、普通の人生を歩ませてやりたいとする「父」と、特別な才能には、それに見合う教育を受け、特別な人生を送る責任があるとする祖母の対立と、父娘の絆を描く作品。

ストーリーが、ありがちな「天才として社会に奉仕するか、親の愛を優先するか」といった情動的な二者択一だけに落ちてこないのがいい。もちろん、それも大きな軸ではあるんだけど、それ以上に「子ども自身の意志や権利、自由を認めるべきである」というところに重きが置かれる。そもそもにしてギフテッド教育自体、日本国内ではあまり馴染みがなくて、この時点で「子どもの権利」に対する考え方の違いを思い知らされる。「父」がギフテッドの少女にあれこれ質問されたときに返す、この言葉がとても印象深い。

Use your head but don't be afraid to believe in things either.

信じることも考えることも、いずれも重要なのだと。そしてその権利は自分自身に委ねられているのだと。これをギフテッドとはいえ、7歳に言えてしまうわけだ。

養育権を巡る法廷劇を間に挟みながら描かれる、この父娘の触れ合いが優しさと信頼に満ちていて、それだけでも救われる気分になれる。父は7歳の娘を子ども扱いせず、きちんと彼女の言葉を聴き、自分の方が悪かったときには子ども相手でもきちんと眼を見て謝罪する。実の父母を失っている彼女が、それ故の悲嘆に暮れたときに、「父」が彼女を慰めるために、ある場所へと連れ出すシーンが特に好き。あの発想はなかなかない。

そしてギフテッドの少女を演じる、マッケナ・グレイスが本当に素晴らしかった。子どもらしい無邪気でストレートな感情表現をするかと思えば、ストレスを感じたり、難題に直面したときには、眉間に皺を寄せて、およそ子どもが作るとは思えないような渋面を見せる。彼女自身、ギフテッドな役者ではないかとすら思わせる、なんとも愛らしい演技だった。

冒頭に挙げた『キングスマン』のような、ガンガンにリビドーへ訴えてくる大作も好きだけど、自分が大切にしたい映画は『gifted』のような、静かな優しさに満ちた1作かもしれない。こういう映画を月に1-2本見ていれば、生きていくには事足りる。

ギフテッド

ギフテッド