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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

有頂天家族2期決定に思う、作品世界の力強さと底力

サブカル

やっほー超朗報ー!と喜び、自分の『有頂天家族』ブログ記事をここぞとばかりにTwitterに流そう!などと思ったのですが、過去記事探したら書いていないことに気付きました。マジでか。かろうじてアニメ感想をクールごとに書き綴ってた時期には触れていたけど、そんなもんであった。

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もともと森見氏の作品自体好きではあるのだが、有頂天家族は特に印象深い作品のひとつとして受け止めている。何と言うのだろう、氏の作品は『四畳半神話体系』あたりに象徴的なように、わりと文章的なテンポと荒唐無稽な心地よさ、あとは半ばファンタジーではありながら、なぜかそれっぽいと感じてしまう幻想的な京都の町並みの描写などが売りで、物語自体も淡々としていることが少なくないのだが、有頂天家族はその意味では一線を画す。そもそも主人公がモテナイ京都の大学生ではない(そこからか)。まぁそれは冗談としても、森見作品としては唯一続編が出ている長編作品であり、作品世界の奥行きの広さを強く感じる。キャラクターの数も多く、監督自身「みどころは、魅力的な新キャラクター達」と2期を語っている。

そして何より自分がこの作品で驚いたポイントは、極めて明確な「悪意」が描かれていることだ。

氏の『夜は短し歩けよ乙女』について、主人公の女子大生が無事に生き延びていける、優しい「世界」が描かれているという点で『よつばと!』との類似性を指摘した増田が少し前にあった。絶望、無情、失望、現実のネガティブな側面が描かれること自体は氏の作品の中で珍しくはないが、とはいえ他者に危害を加える、排除しようとする展開は、氏の作品世界ではあまり見られない。ところが有頂天家族では、他者を「殺す」描写があった。

アニメ第1期でこの展開を見たとき、非常に戸惑った。それまで極めて平和的で、少しぼんやりとした世界が描かれていて、作品世界そのものが好きだっただけに、それを壊しうる「悪意」を含んだ世界に対して、どう向き合っていいのかわからなかったのだ。結果として、1期の中ではその「悪意」に対してハッキリとした「ケリ」をつけるような物語にはならなかったが、だがそれがやはり森見作品なのだろうと思う。それほど大きな悪意を含んでもなお、世界はそのまま愛されている。

そもそもにして、この物語の主役はたぬきだ。しかもたぬきを食べることを趣味としている人間が登場する。彼らの日常生活は、人間のそれと比べて極めて「死」に近いものとして描かれる。でもそれでも、「どんなときでも笑っているべき」と説き、「面白きことは良きことなり」が作品世界全体を表すコピーとして使われる。ましてや「食べるというのは愛すること」とさえ言ってのける。生きる、死ぬ、殺す、殺される、そういった儚さや憎しみすらもすべて飲み込んで、笑って過ごそうというあまりに力強いメッセージに胸を打たれる。

ジョジョレ・ミゼラブルを表現することばとして、「人間賛歌」というのがよく使われる。どんな状況でも、苦しくても貧しくても、強く生きる人間そのものを賛美する物語は私は好きだ。有頂天家族はたぬきを主人公に据えることで、世界そのものを賛美しているように見える。たぬきを食べる、という昨今の動物愛護や環境保護の面からすれば非難がありそうな行為でさえ、愛であると言い切る。これほど強い物語もなかなかない。

これはわかりやすい作品ではないし、かわいい女の子ではなくてむさ苦しいたぬきの4兄弟が主人公の作品だ。そういう作品が続編を出してくれることは、物語の底力と、制作陣の意欲を感じて素直にうれしく思う。2期が待ち遠しい。