ヒカルの碁と、偶然と必然と、丸善と。

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少年ジャンプ+で『ヒカルの碁』が冒頭100話無料になっていた。急になんで?という理由がわからないが、ありがたくつまみ食いのように何話か読ませてもらう。ヒカ碁。100話と言うと、プロ試験が終わってヒカルと塔矢行洋の新初段シリーズが始まらんとするところまで。改めて見直してみると、100話でそんなところまでいくのか、とびっくりする。100話と言えば連載開始2年ぐらい。かなりテンポが良くないか。佐為編の終わりまででも148話。ここからあと48話で物語が畳まれる、とは、連載をリアルタイムに追っているときだったら、なかなか思い至らない気がする。

実際に読んでみてもテンポが良く、展開に無駄がない。1話として蛇足となる話がないように思える。徹底的に偶然や理不尽を廃した話だと感じる。個々人が積み上げたスキルと、それぞれの性格やキャラクター性とが噛み合っていく、ただそれだけでドラマが生まれているような。それが顕著になるのが、一緒に切磋琢磨してきた院生たちが、打って変わって互いを蹴落とすことを求められる、プロ試験編だと思う。全勝でトップを独走していた越智が、伊角に敗れ、進藤の成長をまわりの院生たちから聞くにつれて自信が揺らぎ、プライドが高くて他者の教えを請うようなタイプではないのに、最終的には塔矢アキラの指導碁を渋々ながら受け入れた末、進藤との最終戦に挑む、という、この一連の流れを見ていくだけで、越智がどんなキャラクターなのかが如実に理解できる。感情や精神を乱されやすい弱さがあった伊角が、進藤の成長に不安を覚え、余計なことを考えているうちに、打ち間違えた石をとっさに置き直す「ハガシ」の反則に至ったあの一局も、残酷ながらそのときの伊角の実力をよく表してはいた、と思う。その後、メンタルの脆さは性格的なもの、生来的なものだと思っていた伊角が、感情のコントロールは獲得できる技術であると「発見」することでガラリと変わっていく様もむちゃくちゃ好き。

僕は結局、その後自分で囲碁をたしなむようにはならなかったけれど、囲碁というのは気候、天候、グラウンドのコンディション、みたいな外乱に左右されることがなく、ただ互いが置いていった石だけが勝敗を決めていくわけで、やっぱりそこに偶然などが入る余地はありそうにない。人生に関しては、本当ならもっと偶然にも左右されるものだろうけれども、このマンガにおいてはそれよりも、ただただ一歩一歩積み重ねた、その足跡だけが必然として人生を決めていくような流れを感じるわけで、それは囲碁のようなものとしてなぞらえたのかな、と思うことがある。わからんけども。

しかし久しぶりに読んでみると進藤ヒカルと塔矢アキラのライバル関係の描き方に惹かれる。アキラは最初に、ヒカル = 佐為に敗れ、それからヒカル = 佐為を追いかけ、しかし自分の力で打ち始めたヒカルの実力に失望して、一度は完全に突き放すわけだが、その後じわじわと自分を追いかけて実力を付けるヒカルの存在をそこここで知ることになり、気に掛けたくないはずがどうしても気になり、でも実際に邂逅を果たしても一言も口を交わさず、もちろん碁を打つこともなく、仕方ないので第三者伝いにあの手この手で「今のヒカルの実力」を知ろうとする、結果彼らの直接対決は2年以上にわたって果たされないことになる、ってライバル関係としてはあまりに異色すぎるだろう。いやぁ、塔矢アキラが本当に面白い。彼だって中学生なわけで、性格としては幼く、まったくもって不完全だ。散々ヒカルのことを突き放しておいたくせに、ヒカルがプロになってから棋戦に出てこないと見るや、ようやく直に会いに行って吐いた台詞が「何のためにプロになったんだキミは! ボクと戦うためじゃなかったのか!」って一体どんな傲慢さなんだ。でも全然憎めない。そのまったく周囲を気に掛けないほどの傲慢さ、実直さ、勝利への執念、それに見合うだけの実力、すべてを兼ね揃えた彼はそれでいて魅力的なのが、上手い。

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妻は未読だったので勧めたところ、見事にハマってくれた。ならば続きを、自分も読みたいから紙で買おうか、実家には置いてあるけれど別で持っていてもいいか、と思ったが、人気マンガとは言え完結から20年、文庫版であれば絶版にはなってなさそうなものの、近くの書店へ適当に行って見つかる、という感じのものでもなかった。最近は honto with のアプリをスマホに入れるようになった。パッと近くの在庫検索ができるのは便利だし、あまり「ポイントを貯める」という行為が得意ではないのだが、どうせ本なんて黙っててもポンポン買うもの、貯めてみるのも悪くないかなと思ったりした。

そのときは横浜駅にいたが、honto withと紀伊國屋有隣堂、それぞれの在庫検索をかけて、見つかったのはみなとみらいの丸善だった。横浜駅周辺で買えたらよかったのに……!と思いつつ、重い腰を上げてみなとみらいまで移動した。横浜駅周辺だとどの書店が最強なのだろう、というのはいつも悩む。雰囲気として好きなのは、築50年を経過しているエキニア横浜の少し薄暗い地下街、理工学系の書籍を中心に置いている、有隣堂のエキニア横浜店なのだが。一方でみなとみらいの丸善も好きだ。あれだけの観光地の真ん中にありながら、丸善なだけあってかなり蔵書は充実している。しかしてヒカルの碁、とりあえずは佐為編の最後までにあたるところを買う。あわせて新刊が出ていた『北北西に曇と往け』と、『アリスと蔵六』を買いたいところだったが、意外にも『アリスと蔵六』が売り切れたのかわからないが置いておらず、「そっちがないんかーい」と心の中でツッコミを入れながら、帰路についた。

佐為編終盤の感想戦は、今週末の予定。『アリスと蔵六』も池袋に行くので、そのときに買おう。