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そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

マジカルミライ2015が実現できるように

マジミラより帰還。

SEGAミクさんと二度目の対面を果たしました。マジカルミライ2014、あーボカロ追っててよかったなーと思えるイベントだった。

席はS席とはいえ最後列近くだったんでミクさんがよく見える感じではなかったのだけど、逆に二階席だったこともあって、会場全体が広く見渡せてよかった。これまでミクライブは抽選で外れっぱなしでライブビューイングを何回かしか経験なかったんだけど、実際に会場にいると熱気が違う、一体感が違う。所詮映像を使ったライブなんだから中継でも変わらんだろという人はいそうだけど、不思議と感覚は違うもので。ステージ脇に大きめのビジョンが配置されてて、そちらでミクやリンレンたちが大写しにはなるんだが、ついついステージ上の小さい「本人」たちを見てしまう。この感覚はなんなんだろ。彼女たちに実体はないんだが、あの場所で1万人が信じる限りにおいては、彼女はそこにいるんだと思う。

しかしさすがにもうセトリは予想の範疇を大きく逸脱するものではないし、ステージそのものへの驚きのような感覚はさほどないというのが正直なところ。バーチャルシンガーのライブという、当初はまるで夢物語のようだったエンターテイメントが、もはや違和感なく受け入れられつつある昨今、逆を言えばそろそろ転換期なのかもしれないなと思ったりする。もちろん、マジカルミライは音楽だけではなく、クリエイターの総合イベントとして転換を図ったものではあるわけだけど、ライブ自体の進化や転換はこの先どうなんだろうな、と。あの箱が難なく埋められるとこからして、ボーカロイドオワコンであるなんて言説に意味がないのは自明なのだが、だからといって予定調和がいつまでもつづくわけでもない。

自分があの場にいられたのはこれが初めてなので、何度か本気で泣きそうだった。テルユアはいかんっすね。あの曲はその後のTHE ENDやイーハトーブのように、ミクが手の届かないところまで行けるようになったんだというきっかけの曲なので、感慨深いものがある。そんな曲を聴きながら、1万人が「誰もいないステージ」に向けて全力でサイリウムを振っている只中にいると、もう泣くしかないよなぁと。アンコールもよかったな。これまでの定番から少し離れつつ、俺がマジカルミライ2013で見たかった2曲をやってくれたんで、個人的にはとても嬉しかった。

ライブの終わりに、前にいた男性が「ミクさんまたらいねーん!!」って叫んでいたんだけど、それを実現するために、自分にだってやることはいっぱいあるよなと、改めて思ったのでした。