そのねこがうたうとき

物語偏愛者の詭弁と戯言

誰がコンテンツを保存するのか

 未だに寿命が来たコンテンツが無い、と言われているニコ動は「再生数とマイリスト数を貨幣とする市場」と考えるよりも「多量の本を献本され続けている図書館」と考えた方がいいのかもしれない。

ニコ動コンテンツの寿命って本当にあるんだろうか - 花見川の日記

 Flash時代のコンテンツとニコ動のコンテンツで何が根本的に違うかと言えば、コンテンツを保存している場所でしょう。この「場所の変化」が起きたことが、ウェブにおける「コンテンツの保存」という観点からして重要だと思うんです。

 Flash時代、コンテンツは個人サイトに置いてあるものがほとんどでした。しかし、個人サイトは一私人に過ぎない管理者の意向によってコンテンツが増減したり、サイトそのものが閉鎖されたりすることがままあります。そこに置かれているコンテンツが、1年後も存続しているとは誰も保障できません。事実、Flashブームが落ち込むと共に、多くのFlash紹介サイト(でいいのか?)が姿を消しました。

 対して現代。コンテンツは個人サイトを離れ、先のエントリーで「図書館」と言われるような投稿型サイトに保存されるようになりました。現実世界での図書館は多くが公立のものであって、めったに「潰れる」ということはありません。なので、そこに保存されているコンテンツ(=本)は半永久的に失われることなく、保存されることが保障されています。ニコニコ動画も、バックにはニワンゴ、あるいはドワンゴという大きな企業があって、これが潰れない限りは存在し続けてくれるはずです。確かに今のまま赤字続きならヤバイかもしれませんが、それでも個人サイトに比べれば「存続年数」は限りなく長いんじゃないでしょうか。

 かつてはコンテンツの制作者と、それを保存する者とが一致していた。一方の現代はニコニコ動画に代表されるように、コンテンツの制作者とは別に、それを発表・保存するいわゆる投稿型サイトという存在があるわけです。このように考えると、「投稿型サイト」はかつてのウェブコンテンツ制作が形を変えただけの話。ただ、そこに企業による「ビジネス」の概念を持ってきてしまったことが話をややこしくしている気がします。そして、このことが少し話をややこしくしている。

 OGC2009:「作り手のタダ働き」が支えるWeb2.0 - ITmedia ニュース

 このニュースはその典型例だと思います。Flash時代に、あのコンテンツで金を儲けようなんて制作者はいなかったと思います。だからこのニュースは「コイツわかってねェよ」と言われるわけで。

 単純に「コンテンツの保存」だけの側面から見れば恵まれた時代になったと思いますが、今のままが最良だとも考えません。ウェブコンテンツの保存・発表の場は、今後さらに姿を変えていくんじゃないでしょうか。