旅先にはだいたい常に文庫本を1冊持って行っている。Kindleユーザーだから、スマホさえあれば本は読めるのだが、なんとなく物理的な本が1冊は欲しい。これを減らせば多少なり荷物が軽くなるのも、結局のところそこまで読まないのもわかってはいるが、外せない一線が自分のなかにある。ともすれば、本を忘れていったなら現地で買うことさえある。その土地の人が本を買う場所で、自分もまた本を買ってみる、という経験もまた楽しい。めぼしい独立系書店があれば一番だが、香川の宮脇書店や、京都の大垣書店のような、地域性のある大型書店もまたいい(大垣書店は最近、首都圏に進出したらしいが)。行き慣れた全国チェーンの書店にあえて行くのもまたいい。
先月、札幌の ランプライトブックスホテル に泊まったが、これは本を持っていく、本を現地で買う、というのとはまた異なる「旅と本」の経験をもたらしてくれた。
要するところ、ブックカフェが併設されたホテルだった。ブックカフェは今どき珍しいかも知れない24時間営業。宿泊者は同時に2冊まで、ブックカフェから本を借りて、部屋で読むことができる。「同時に2冊」なので、宿泊中に返却すればまた別の本を借りることもできる。
置いている本のラインナップがなかなか面白くて、単に売れ線の本、ベストセラーの本を置いている、という感じではなかった。テーマとしては「旅」と「ミステリー」の2つをメインに添え、それに沿った書籍が中心にはなっているが、料理や建築、書店などをテーマとした棚もあり、幅は広かった。置いているのは国内海外小説、エッセイ、ムック本、マンガ、新書、その他各種単行本も数多くある。
どれほど読める時間が取れるかもわからず、1日目はマンガから、入江亜季『北北西に曇と往け』を借りた。以前から読んでみたいとは思っていたマンガで、そういう本はこういうときに手を取るのにはぴったりに思う。アイスランドを車で駆けるこのマンガは、「旅」のテーマから選書されたのだろうが、それ以上に「食」が強く印象に残った。食事シーンが非常に多く、それでいて美味そうに食べているというのはもちろんではあるが、良い意味で特別感がないというか、生きていく上での必然として、当然として、一定の時間経過があるならば必ず食事が挟み込まれ、淡々とそれが描かれていくのがいい。
このホテル、マンガはほとんど最初の1巻か2巻程度しか置いていないというのも程よくて、とりあえず読み切った後は別の本へ移りやすい。『北北西』についてはその後全巻買いそろえてしまった。
2日目はもう少し時間が取れそうで、エッセイから若菜晃子『旅の断片』。旅のワンシーンの情景を本の数ページで書いた、本当に断片が続く本で、読みやすい。さすがに旅の中では小説丸1冊は読み切れない場合も多いから、こういう本はちょうどいい。寝る前にさくりさくりと、数編読んで、いつの間にか寝落ちていた。
3日目。最後なのでせっかくだし2冊同時というのもやってみようと、乗代雄介『旅する練習』と、最果タヒ『もぐ∞ (もぐのむげんだいじょう)』。最果タヒは『夜空はいつでも最高密度の青色だ』を読んだことがあり、抽象的な文章の印象しかなかったから、彼女が具体的に、リアルな食に関するエッセイを書いている、ということが新鮮だった。1つあたり2〜4ページ程度の食に関するエッセイ集で、別に特別おいしいものの話というわけでもなく、本当に日常的な食に関する、小さな発見や彼女なりの独特な視点が語られていて、なかなかに面白かった。はてなブログでも読める。小籠包の話が好きだ。頑張って2冊借りてみたものの、『旅する練習』は時間がなくて残念ながら冒頭数ページしか読めなかった。
今回は4泊だったのだが、長く宿泊していると、一時的な居場所に過ぎないはずの宿にも慣れてきて、宿に帰ることが家に帰ることと同様に安心感をもたらしてくれるようにもなってくる。そこに冊数の多い本棚があって、それは24時間好きに借りることができるというのは、さらに安心感を上乗せしてくれるものだった。22〜23時に戻ってきても、カフェには常に人がいて、本を読む人もいれば、何か勉強か作業をしていたり、おしゃべりをしたりしていて、それもまた居心地がよかった。都内だと、新宿あたりなどなら喫茶店が深夜まで開いていたりはするが、もっと気軽に入れるカフェが遅くまで開いてくれていることはあまりないように思う。コーヒーを飲みながら本を読める店が、遅くまで開いているというのは、心強い。疲れた身体で遅くに帰ってきて、宿で寝るだけではなくて、そこにはまだ見ぬ本との出会いがあり、寝る前15分でもいいからページをめくる、まだこの時間からも楽しみがある、というのは、本当に良いものだった。