今井哲也『ぼくらのよあけ』


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近年のアニメ化報道の中でも随一に嬉しいと同時にびっくりする発表だった。『ぼくらのよあけ』ですよ。『ぼくらのよあけ』ですよ? 良いマンガだし大好きだし、『アリスと蔵六』をヒットさせている今井哲也のネームもあるとはいえ、10年近く前のしかも上下巻で完結しているマンガ。よもや2022年に劇場アニメになるだなんて想像だにしなかった。目を付けて企画してここまで持ってきた方、本当にすごい。心から拍手喝采したい。今年は『地球外少年少女』もあったしジュブナイルSF映画の当たり年なんだろうか。あちらも非常に良かったので、今からでもNetflixで是非。

『ぼくらのよあけ』に関しては、こんなところの文を読んでいる暇があれば原作が無料公開されているので今のうちに読みましょう。なんで25時間だけ?!というのは思うし異様に短いな(せめて3連休中ぐらい公開しといても……)とは思うが。今のうち。

夏になると読みたくなる作品が2つあって、1つが森見登美彦宵山万華鏡』で、もう1つが『ぼくらのよあけ』。いずれも夏が来るたびに何度か読み返していて、『宵山万華鏡』についてはハマりこんでいた時期は毎年実際に「宵山」にも足を運んでいたほど。もうすっかりおっさんになったものの、夏に覚えるあの非現実感、非日常感みたいな感覚というのはいまだに残っている。それは盆というものが日本の夏にあるからなのか、幼少期の夏休みという特別な期間の記憶なのか、何がそうさせるのかはよくわかっていないが。

大人になった今となっては、夏に覚えるそういった感覚はノスタルジアや、何か手の届かないものへの憧憬でしかないのだが、子どもにとっても夏が非日常であり、異界への入り口のようなものでもあるのならば、それは彼らにとっては「世界を広げる機会」なのだと思うのだ。僕の小学生の頃は、それが親からの言いつけだったのか、学校で言われていたことなのかは定かではないが、通学区の外には子どもたちだけで出て行ってはならないという決まりがあり、僕の世界は「1丁目から6丁目」の狭い領域の中にしかなかった。素行の良い児童ではあったと自負しているが、そこから出たいという気持ちは少なからずあった。あらゆる小学生が「通学区の中」で生活しているわけでもないだろうが、子どもの行動範囲は、見えている世界は大人のそれより当然ながら狭い。異界や非日常というメタファーを用いて、その外へと連れ出してくれるファンタジーを、今は大人の視点で微笑ましく眺めている。そういった作品にはいつからか、希望を覚えるようになった。

今井哲也の作品群はどれも好きなのだが、特にこの『ぼくらのよあけ』と『アリスと蔵六』が小学生ぐらいの子どもを主人公に置いている。ただ、これらの作品はただ子どもを外に連れ出すだけではなくて、でもやはり世界というのは理不尽なことがあるし、子どもは子どもだけで行動できるわけでもないという現実を直視する。だから、それを支える大人の存在が必ず描かれる。子ども、ファンタジー、冒険というような組み合わせはよく見るが、大人の支配を嫌がる、逃れるというような子どもにありがちな筋のみならず、それでも大人が子どもの背中を押していく、というところまで描かれている点がたまらなく愛しく思う。類型的には『よつばと!』の世界に近いのかもしれない。いやでも、あそこまで優しい世界ではないのだが。

SFとしてもジュブナイルとしても本当にオススメ。好きなマンガを10作品挙げろと言われたら何の躊躇いもなくランクインさせるマンガの1つ。公開が楽しみで仕方ない。