貴重な新刊だらけの最高の漫画月間

連載漫画の新刊って作品によっては1年に1回、あるいはそれ以上にスパンが開くことも少なくなくて、僕は読んでいる漫画の新刊情報というものを熱心に追いかけているわけでもなく、特にそういう刊行頻度が低いものは頭から抜けがちで、でもそれ故に本屋をうろうろしているときにたまたま新刊が出ているのを見つけたときの「待ってた!」という思いは一入、というものがある。

ましてそれが連続したときというのは、貴重な新刊だらけの最高の漫画月間になるわけであり、先月ぐらいから『宙に参る』『てるみな』『ぱらのま』『ふらいんぐうぃっち』と連続してきている。

『宙に参る』は約1年7か月ぶりの新刊で本当に待っていた。思わず特装版を買ってしまった。寄稿イラストや、トーチwebのほうにも掲載されている、SF作家や漫画家らによる推薦文などが収録されている。

この漫画が好きな理由は 市原真氏が全部言ってしまった 。僕がこの話を好きになったのは、1話でソラたちが乗った軌道エレベーターのなかで、コリオリ力に関するようアナウンスが流れるところだ。それはまるでエスカレーターに乗るときに流れる「足下にご注意ください」のアナウンスのような気軽さである。「宇宙船が今で言うセスナ機ぐらい身近になった世界のお話」であっても、すべてが魔法のようにスムーズで無機質なわけではなく、地下鉄の駅で電車が近づいてくると圧縮された空気による突風に晒される、というような、僕らの感覚と地続きな、細かな物理の感触、解像度を味わわせてくれる。

この「地続き感」こそがこの漫画の魅力であり、それは技術的には飛躍的に進歩しているのに、なぜか生活感が2024年どころか昭和にも近いのでは、という描かれ方をしているあたりにも表れている。そもそものメインストーリーが「夫の遺骨を地球に住む義母の元まで届ける四十九日の宇宙旅行」であり、この時代でも日本人は火葬されて骨壷に入って四十九日後に忌明けを迎えるらしい。どころか、人が亡くなれば書類地獄が待っていたりだとか、宇宙港までの移動手段が路線バスだったりだとか、宇宙船の中に整体院やおでんの屋台があったりだとか。なんというか、再開発されてぴかぴかになったビル群の間に、開発から取り残された古いビルを見つけたときにどこか安堵するような、そういう感覚を覚える。

当たり前の生活として物語が描かれるため、説明的な台詞もほとんどなく、時にそれは難解だったり遠回しだったりするのだが、先まで読んで戻ってくると意味が理解できたりする。たまにしか新刊が出ない漫画は、驚きが欲しくて連載を読まないようにしているのだが、この漫画に関しては連載と単行本で「2周」するほうがいいのかもしれない、と今更ながらに思った。トーチwebで連載されており、 1話は常に無料となっていて 、ここで書いた魅力はこの1話だけでたぶんわかってもらえるはずである。

『ぱらのま』はだいたい年に1回、春〜初夏あたりに発売される。今回は同作者の『てるみな』と2か月連続刊行だった。

この漫画もまた「解像度」の漫画だと言うか、旅をする人間の密かな楽しみだとか、ちょっとしたあるあるを取り上げて、共感による気持ちよさ、をくすぐってくる。

地図を描く回が特によかったのだが、ちょうど作者のX上で公開されていた。アナログの地図というのは何を描くか描かないかの取捨選択がそこにある、という話から「自分で旅をしながら地図を描いてみよう」と思い至り、それが「地図日記」になっていく話。なるほど地図日記。体験を文章でしたためることしか能がなく、旅のときはそこに写真とGoogleマップや駅メモのタイムラインが加わるという程度だったから、主観で地図を描く、というのは考えたことがなかった。正確性はどうでもよくて、自分の頭の中にある「今日はこんな感じでたぶん歩いていた」というのを描き起こしてみるのは、自分だけにしかできない記憶の記録としてとても面白そうだ。もう一度同じ土地に行ったり、正確な地図を見たりしたら、それは二度と元には戻らない記憶になるわけだから。

『ふらいんぐうぃっち』が出ると夏が来る。

自分が「そういう作品」を好きだ、という自覚はあるが、これもまた「地続き感」が気持ちいい漫画なんだよな、と書きながら気付く。現代の青森で生活する魔女の話なのだから。魔女が魔女だけの世界で暮らす話ではなくて、我々と同じ世界で暮らして、我々の与り知る「そこ」にも魔法が実は存在している、という漫画だ。なお、ちょうどまさに今日「たまたま新刊が出ているのを見つけた」ので、まだ読めていない。

連載漫画ではないが、最近読んだところだと『室外機室』もよかった。これが商業デビュー作となる、4編からなる短編集であり、いずれも「少し不思議」なローファンタジーになっている。先にウェブ公開されていた収録作『継ぎ穂』が良かったので、買った。

comic-action.com

アナログ作画を思わせる(いまどきは見た目からでは判別できないから、あくまで「思わせる」だが)、太さが必ずしも安定しない線から成る絵柄の味わいと、少しダウナーめのキャラクターたちが、日常から少しずつ脱線して行く不穏さのあるストーリーにマッチしていて、とても魅力的だ。同人で出ている過去作の電子版が booth で売られていたので、ついすべて買ってしまった。

ちょめ『室外機室』
ちょめ『室外機室』