石田祐康監督とスタジオコロリドが手がける初の長編タイトルが『ペンギン・ハイウェイ』になったと知ったときは、これほどまでにマッチする組み合わせがあったものだろうかと、快哉を叫びたい気分だった。石田監督がこれまで手がけてきた作品に見られる、イキイキとしていてスピード感のある演出や、ポップで明るく、ちょっとしたごちゃ混ぜ感のある「見てて楽しい」画面。それがペンギンとジャバウォックと世界の果てが突如として出現する、真夏の街のヘンテコな1か月超を、きっと色鮮やかに描いてくれるだろうというのは、想像に難くない。意気揚々と公開2日目に見てきたが、その「想像」したもの、コロリドがペンギン・ハイウェイをやります!と言われて頭に浮かぶイメージがそのまま出てきたと言っていい、期待ど真ん中の映画だった。
何度かこのブログでも書いてきたけれど、自分は「アニメ」というものは究極的には子どものためにあってほしいと思っている。子どもに夢を見せるもの、世界の可能性を見せるもの、カラフルに縦横無尽に動き回る「絵」というものが、純粋に楽しいものなのだと知ってほしいと思っている。『ペンギン・ハイウェイ』は紛うことなき、子どもに向けられた映画だったと思う。見ていて楽しい。安心して見られる。アオヤマ君の住む街には光が溢れ、今にも素晴らしい夏が始まっていきそうな予感を呼び起こす。子どもたちの動きや行動はひたすらにコミカルで、元気で、ガキ大将的ポジションのスズキくんですら、見ているだけでも楽しい。そして最後に、少し切ない。
原作でも連呼される「おっぱい」という単語がここぞとばかりに強調されていたのも、変な意味ではなくてとてもよかったと思う。子ども向けの作品で性的な要素は無闇に避ける場合もあるが、多感な時期の純粋な興味、特にアオヤマ君のような旺盛な好奇心が、そこに向かわないはずもないわけで、そういうありのままをきちんと描くこともまた重要なはずだ。自分が見た回では子連れの方も多かったが、「おっぱい」という言葉が出るたびに、忍び笑いのような声が漏れる一角があり、なんとも微笑ましく感じた。
もちろん大人は出てくる。でも、彼らは自らの思いをやたらに主張したり、押し付けることはしない。あくまで子どもに対する憧れや壁であったり、背中を少しだけ押してくれる存在でしかない。この物語は子どもが主役であり、彼らが「見た」世界の話だ。
だからこの物語は、多少スッキリしないところがある。大人は答えを教えてくれなくて、すべての謎に対しては、アオヤマ君が導いた回答しか提示されず、そしてそれが本当に正しかったのかも、厳密には明らかにされない。だけれど、この物語はそれで良いのだと思う。答えを探すのは、これから大人になっていくアオヤマ君自身がすることなのだから。そして世界には、必ずしも答えがあるわけではない。そこには「理不尽」という壁があるのだから。
映画ではだいぶ削られていたが、原作では「理不尽」や「死」といった「世界の果て」を思わせるモチーフがもっと散りばめられ、強調されている。
「そこにも世界の果てがあるね」と父は言った。 「どこ?」 「おまえが理不尽だと思うことさ。おまえにはどうにもできないのだから」 「ぼくは世界の果てに興味があるよ。でもたいへんやっかいだね」 「それでも、みんな世界の果てを見なくてはならない」
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これは世界の果てに向かっていき、それに一度触れ、離れ、そしてまたそれを追い始める、そういう物語だ。自分ではどうにもならないもの、その先に何があるのかがわからないもの、簡単には結論が出せないもの、そういったものにアオヤマ君が、ウチダ君が、ハマモトさんが、そしてあるいはスズキ君が対峙して、少しだけ大人になる。夏に相応しい映画だ。
最後に雑多な感想を並べていくと、声優陣はとにかく好演で文句が一つもなかった。蒼井優の演じるお姉さん、声優でもなかなかできないような一癖も二癖もある演技で、一度聴いたら離れないその声音が、子どもでなくとも魅了させられる。アオヤマ君を演じた北香那も、始めは本職の声優じゃないとは気づかないぐらいだった。本職声優陣だと、ショタくぎゅが可愛すぎて参った。そしてエンディングで華を添える宇多田ヒカル『Good Night』が、わずかな言葉で作品世界を表現していてさすがとしか言いようがない。
できるなら夏休みが終わる前に見ることを勧めたい。コロリドが描く空と雲と海と、青々とした緑と木漏れ日を、夏のうちに見ておくべきだ。
「夏休みが終わってしまうね」 「どんなに楽しくても、必ず終わってしまうのだなあと思います」 「うん、真理だね」
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