『ユリイカ2024年1月号 特集=panpanya』と、紀伊國屋書店新宿本店と。

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ユリイカで好きな作家が特集されているとだいたい買ってしまう。僕の好きな作品の好きなところを、いろんな人が本当に上手いこと言語化してくれているので純粋に嬉しいのもあるし、そうか自分はこの作品のこういう部分が好きだったのか、と改めて気付かされるのもある。言語化をサボっていると言われればそうなのだが。単なる批評やレビューだけではなく、その作家にゆかりがある人との対談やコメントが載っているのもいい。そんな文章が実に200ページ近くも読めるなんて、これは一体どういうご褒美なんだろうと、青土社には心から感謝している。

今回の特集はpanpanya商業デビュー10周年記念、商業単行本10冊目記念という意味合いらしいが、僕がpanpanya作品を読み始めたのは去年なので10年のうち9年ぐらいについては何も知らないということになる。ユリイカはそれを紐解いてくれる。しかし、こんなに刺さる作家をなんで今まで見逃していたのだろうというぐらいにハマっている。初めに読んだのは、楽園コミックスがKindleで安くなっているときにふと買った『魚社会』で、読んで、いやこれは紙で買わなきゃダメなマンガだなと思い直して買い直し、その後すぐに出た9冊目『模型の町』、今年出た10冊目『商店街のあゆみ』を買ったほかは、1冊目から順に買っている。まだ全部は読んでいない。既刊が10冊のみ、となると、一気に読んでしまうのが勿体ない気がしてしまう。ひどくしんどいことがあり、「これはpanpanyaを摂取せねばやってられないぞ」となった夜に、1冊ずつ解禁している。

panpanya作品が「刺さる」属性、というものが結構はっきり存在しているというか、そういう傾向にある人々というのが一定数存在している気がしている。見分け方は簡単で、今回のユリイカの表紙を見て刺さるのであれば刺さるはずであると思う。何気ない路地、月極駐車場の看板、ベランダからはみ出て、ひさしの上に置かれた室外機、遠くに見える焼却場の煙突、飛行船。少し懐かしい、見慣れた日本の風景のように見えるが、家の軒先には大きなアンモナイトが置かれているし、軽車両を除いて平日朝にここでは何が専用通行になるのがよく見るとよくわからないし、サンエブリーは失われて久しい。少しずつここには異界が染み出してきている。

別に、単にこういう背景を描きがちな漫画家である、というだけならそこまで興味はそそられないのだが、panpanya作品というのはこの風景自体がむしろ主役であり、この風景を掘り下げていくところに面白さの妙がある。このユリイカ表紙で言えば、左下のほうに境界標が描かれているが、『商店街のあゆみ』の中には、これが「ビルの芽」であると明かされ、その顛末が描かれる短編が収録されている。ユリイカのなかでは、その作品群の特色を考現学であるとしたり、シャーロック・ホームズとの共通性があるとしていたり、どれもなるほどと思う。見慣れた風景をつぶさに観察し、その中のちょっとしたものを展開して、見慣れているようで見たことのない世界が広がっていく面白さ。でたらめなようでいて、不思議と理屈が通っている気がしてくる、ある種「あり得たかもしれない日本の風景」。

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panpanya『魚社会』白泉社 p.14

このユリイカ紀伊國屋書店 新宿本店で買った。自宅近くの書店にまず向かったところ、在庫が切れたのかそもそも置いていないのかはわからないが、無くて「ぐにゃあ」となり、ほぼ確実に間違いなく置いてあるであろうところとして新宿紀伊國屋を見定めたが、目論見通りユリイカのみならず、多くのpanpanya既刊が一緒に平積みにされていた。新宿紀伊國屋は久しぶりだった。どれぐらい久しぶりかと言えば、アドホックのコミック売り場が無くなってからは初めてであり、つまりリニューアル後初めてだった。リニューアル、全部綺麗になっちゃったんだろうかと、8階コミックフロアから1階ずつ下りて見てみていたが、アドホックから移設された8階と、人が最も多く来る地下から2階ぐらいがやたらにおしゃれになった他は、そこまで大きく変わったわけではなく、安心した。館内のサインなどもいくらか洗練されたものに換えられていたが、紀伊國屋ホールのあたりとか、あの少し薄暗さを感じる地下街とか、そこここに歴史を感じる意匠は残っていた。地下の飲食店はCLOVE以外全部なくなったのかと思ったが、パスタのジンジンなどが開いていて、あれ、と思ったらどうやら再出店したらしい。工事が終わって再度テナントが入れるようになったときに、別の店が入るのではなく、元の店が戻るのは素晴らしいな、と思った。モンスナックも戻るんだろうか。この風景もわりにpanpanya的だな、とは、現地を後にしてユリイカを読んでいて気付いた。panpanya的ってなんだろうか。このビルももうだいぶ古い。いつか完全に無くなる前に、上から下までくまなく写真でも撮りに行きたい。

panpanya作品は基本的に1話で完結する短編だから、誰もが「あの作品」の「あの部分」が……という語り方をしていて、ああ、あったなぁ、とか、自分はまだ読んでいないなぁ、とか思いながら読み進めるのが楽しい。ときには別々の人が同じ作品に言及していることも多く、人によって見方が違ったりするのもまたいい。あなたはどのpanpanya作品が好きですか?なんてテーマ、1日中語り続けられそうだ。panpanyaが『楽園 Le Paradis』の作家と言うことで、kashmirが1ページマンガを寄せていたり、半ば『楽園』特集のような側面があるのもおいしく感じる。僕はいつの間にか『楽園』のマンガを多く読むようになったが、実のところ各作家にはバラバラに辿り着いており、『楽園』本誌を読んだことがなくて、今度買ってみようか、と思わされる。ユリイカのどこに書いてあったか忘れたが、「恋愛系コミック最先端」というキャッチフレーズがありつつ、実際はそれぞれが好きなマンガを書いている雑誌だ、とあって、まぁそうだよな、と思いつつ、じゃああのキャッチコピーはなんなんだろうか。あのコピーのせいか、楽園コミックスが置いていない!と思って本屋を探し回ると、少女マンガの棚に挿してあって、果たして少女向けなのだろうか、と首をひねったことがたびたびある。

年末年始、読みたい本を何冊も積んでいたはずだが、このユリイカが魅力的すぎて先行きが不安になっている。