the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

2020年6月 - シャーマンキング / ツインスター・サイクロン・ランナウェイ / 新言語秩序 他

武井宏之シャーマンキング


『SHAMAN KING』特報PV

原作は連載打ち切り後に、完全版にて単行本1巻以上を描き下ろして完結という、週刊少年ジャンプでも類を見ない大団円を見て、その後始まった続編『FLOWERS』は雑誌休刊に伴う打ち切りという憂き目に遭うも、出版社を移籍して『SHAMAN KING THE SUPER STAR』として実質的な復活。そして原作未完結だったために、結末まで描かれずに終わった TV アニメは、20年の時を経てまさかのリブート。シャーマンキング、「甦れ」をひたすら自身で体現し続けるコンテンツとして確固たる地位を築きつつあると言っていい。

茶化すのはこのあたりにして、いや、まあ、普通に嬉しい。最近「再アニメ化」ってやつが結構多いけど一番うれしかったし一番驚いた。最近でこそ連載中のマンガって「期」を分けて原作のペースには追いつかないようにしつつ人気があれば続きを放送する、っていうのが主流になってるけど、シャーマンキング始め昔の少年マンガのアニメって原作のペースガン無視でどんどん進んで追いつきそうになったらアニメオリジナルのストーリーを入れて引き伸ばすかそのまま終わっちゃうかで。マンキンの場合は後者だったわけで、アレが原作通りにもう一度やってもらえるのは何より嬉しい。ありとあらゆるマンガでこれやってほしい。

ファンには有名な事実として、シャーマンキングの再アニメ化は以前にも企画があったが、声優と音楽の続投が不可能であることを理由に武井先生が断りを入れている。それでいて今回「再アニメ化」、さらに PV では前回アニメ OP の『Over Soul』がそのまま使われているのを鑑みると、これは期待してもいいんだろうかとドキドキしてしまう。さすがにすべてがすべて続投とはいかないだろうが、『鋼の錬金術師』再アニメ化のときのように、一部キャラクターだけでも続投だとか、そういう具合にはならないだろうか。祈るような気持ちだ。

小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』

3月 に一度「読んでいる」と書いたあと、別の本を優先したりして塩漬けていたのだが、先月読み切った。再度読み始めるとなんだか止まらなくなって一気に読んだ。いや、これ素晴らしい。

「宇宙」「漁業」「百合」「SF」という一体なんだそれはという感じのワードが並ぶ本作。現代から数千年後、宇宙空間へ散らばった人類の一部が、とある巨大なガス惑星の静止軌道上に宇宙船で定住。エネルギー源の確保として、ガス惑星の大気圏内に生息する、無機物から構成された宇宙生物「昏魚(ペッシュ)」を宇宙船を使った「漁業」で捕獲して生活している、という立て付けだ。本来「漁業」は夫婦で行なうしきたりとなっている中、諸事情により異例となる女性同士で組んだ「テラ」と「ダイオード」の2人が、社会との軋轢と戦いながら、徐々に仲を深めていく、というストーリー。

昨年発売された百合 SF アンソロジー『アステリズムに花束を』に掲載された、前身となる短編バージョンはすでに読んでいたが、長編化にあたって「昏魚」の正体や、このガス惑星に移住してからの人類の歴史、そして漁業を夫婦で行わなくてはならない理由など、世界観や設定に深みが加えられており、それが物語全体のスケールをグッと大きく広げている。平たく言ってしまえば、マイノリティが社会の抑圧を押しのけて、自らの幸福を獲得していくという立て付けは在り来たりでもあるわけだが、時間も場所も「今ここ」とは大きく異なる本作の舞台においては、彼女たちが抑圧される理由もまた、当然「今ここ」とは異なってくるわけである。その背景を改めて描き直し、数千年の時を経ても人類の意識は進化、変化していないのか、あるいはそこにまた別の理由があるのか、そしてそれは打破可能なものなのかという葛藤が鍵になってくる。2人の関係性のジェットコースターのような変化にクローズアップした、百合としての側面が強い短編版も楽しかったが、様々な視点からぐるぐると彼女らの関係を眺め回し、最終的にカタルシスへと至っていく本作は、SF としての味わいがかなり濃密になっている。『アステリズム』のときには少々突拍子もなく思えた「百合」「SF」という2つの要素を、ここまでしっかりと絡めて、どちらの側面から見ても不足ない作品を描けるのは、やはりベテランである小川一水の力量なのだなと感じる。

そういった背景設定の風呂敷を広げ始めた本作が、よもや1冊で終わるわけはあるまい、とは思っており、続刊にはぜひぜひ期待したい。というか絶対そのつもりで書いているよね?という終わり方をしているので、果報は何年でも寝て待つつもりである。ところでテラの声、マニアックな知識が豊富で誰にでも丁寧な言葉づかいから秋山優花里(演:中上育実)で脳内再生されるのは僕だけだろうか。

アニメ『あさがおと加瀬さん』


【あさがおと加瀬さん。】劇場公開OVA 本予告【Kase-san and Morning Glories OVA Main Trailer】

GyaO! で先月期間限定の無料公開を行なっており、その際に視聴。これも劇場公開の折に見に行こうかと考えた作品だったが、今回見てみて「行かなくてよかったな」という結論に至った。こんな甘々なもの、劇場でおっさん1人座っているときに見せられたらどんな顔したらいいかわからん。無理無理。ちょっと無理。これは無理。なんか想像の100倍ぐらいダダ甘なストーリーで、見終わってから1時間ぐらい1人でソファに突っ伏して悶絶していた。 WFH 終えてから1人で見ていてよかった。本当によかった。おかわりがほしい。『フラグタイム』見るか……。

劉慈欣『三体 II 黒暗森林 上』

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

現時点で「下」の3分の1ぐらいまで読み終えた。昨年10万部以上を売り上げ、海外文学の分野で話題になった中国 SF『三体』三部作の第2弾である。こちらも読み始めると止まらない。

正直なところ「上」はそれほど面白いとは思わなかった。というのも、第1部における「危機」の到来を受けて、人類がどのように対抗するのか、そしてその対抗策に巻き込まれた第2部主人公は、一体どのような人物なのか、という描写に非常に多くのページが割かれており、第1部で味わったような、序盤から「ありえない」展開が立て続けに起きて「これは一体なんなんだ」という興奮の渦に突き落とされるような、そういう快感とは少々遠いからだ。しかし下巻を数ページでも読み進めると、この上巻は下巻に向けた壮大な「タメ」の部分だったんだなというのがよくわかってくる。ここからは第1部同様の興奮がきっと待っているのだろうと、楽しみにしている。

ところで「SF」として売られている本作、確かにどう足掻いても SF であることは間違いないのだが、それ以上に笑いあり、頭脳戦あり、ロマンス(ブロマンス)あり、ミステリーありというなんでもありなエンタメ小説なので、 SF をあまり読まない人にもぜひ読んでほしい。SF としての仕掛けも冗談だろというぐらいにスケールが大きく、その全容が明らかになると「本気なのかこの作者は?!」という驚きで笑ってしまうぐらいだ。この発想力は中国という巨大国家ならではなのかなぁ、とぼんやり思っているのだが、実際どうなのだろう。

人類の危機を描いているはずなのにとにかく楽しい、こんな小説はなかなかない。

amazarashi『朗読演奏実験空間 新言語秩序』武道館公演


amazarashi 『amazarashi LIVE 朗読演奏実験空間 新言語秩序』Trailer

実は今年5月に予定されていた、amazarashi Live Tour 2020『ボイコット』東京公演のチケットを取っていた。残念ながらライブは中止になったが、その代わりに、という意味もあるのだろうか、一昨年日本武道館で行われたライブ『新言語秩序』が YouTube で期間限定無料公開された。

一時期「文学ロック」という言葉が持て囃されたことがあったが、この言葉は amazarashi にこそ当てはまるのか、と、今になって気付く。この公演はライブ単体で成立するものではなく、バックグラウンドを構成する物語が存在しており、それがスマホアプリや CD など、様々なメディアを通じてインタラクティブに展開する。「新言語秩序」とは、他者を攻撃したり、傷つけたりするネガティブな言葉の使用が禁止され、様々な言論に対して検閲が行われる世界観の物語であり、本公演はその検閲の仕組みを解析し、解除する形で行われているという設定になっている。ライブの中で、スマホアプリを使って「検閲解除」を行なうことができ、自らもまた検閲に抵抗するレジスタンスの1人として、物語を構成することができるという仕掛けはなかなかおもしろい。結果として本公演は、文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞している。表現規制と戦う物語を描いた本作が、文化庁のお墨付きをもらうという構図は、ともすれば「おもしろいな」と感じてしまったりもするが、実際には「新言語秩序」における検閲は、市民の中から有志が自発的に始めたものということになっている。表現規制の問題は昨今実際に取り沙汰されているわけだが、では表現を殺そうとしているのは誰なのか、という命題に対して、 amazarashi 秋田ひろむの問題意識はなるほどそこにあるのか、と得心する。

ライブにおいて、秋田はその姿を表さない。彼の前にはスクリーンがあり、タイポグラフィなどによる映像的な演出が展開される。 amazarashi の過去の楽曲が、すべて「新言語秩序」のために作られたものでは当然ないわけだが、曲を繋ぎ、その歌詞が物語の一部として表示され、紡がれていくと、不思議なことにバラバラなはずの楽曲たちが、一つの線のように浮かび上がってくる。正直、社会とボクの軋轢を描く物語というのは、この歳になると刺さらない部分もある。だが自分の楽曲、イラスト、映像などなど、自らが発表する様々な作品を「手段」として駆使して、ライブの中で新たな物語を形作っていく、その技量には舌を巻くしかなかった。これまではいくつかの曲を好むだけだったが、ライブを体験することで、これほどに印象が変わるアーティストというのも稀有だ。

平沢進+会人『会然TREK 2K20▽04 GHOST VENUE』


平沢進+会人(EJIN) - 夢みる機械(FUJI ROCK 19)

こちらは有料ではあったが、無観客ライブ配信。なお、この映像は昨年のフジロックのものであり、今回の無観客ライブとは関係がない。

とにもかくにも好き放題だった。セグウェイに乗ってぐるぐる回りながら登場。途中、舞台装置の転換においては師匠自ら綱を肩に担いで装置の撤収作業に携われ、終盤にはチェーンソーで舞台上にある幕をザクザクと切り刻み、終わると(誰もいない)観客席に降りてにこやかにファンサービスに勤しまれていた。いや笑った。