the world was not enough

物語偏愛者の詭弁と戯言

COVID-19 と生活 (2) - 大丈夫

COVID-19 と生活 (1) - 静止した街の中で - the world was not enough を書いてから1か月が経過した。先のエントリーでは「1か月ぐらい前と比べても状況が、心境が大きく変わっていて」と書いているが、この1か月について言えば、逆に変化がほとんどなかった。自宅から半径 2km 圏内に相変わらず閉じ込められた生活。マスクがなくては外出ができない日々。必要最低限以外の外出はせず、休日でも引きこもり。コードを書いて、本を読んで、『あつまれ どうぶつの森』をプレイして、そうして日々が終わっていく。ただただ淡々と。

Image from Gyazo

時間感覚と曜日感覚は限りなく薄くなり、霧散していく。 Google Photo には、数年前の同日に撮った写真を振り返らせてくれる機能があり、5月頭ごろには、昨年のゴールデンウィーク、令和の始まりを過ごした弘前さくらまつりや、東北地方各地の写真がサジェストされた。去年のこの頃と、今年の今頃が、1年における同じ時期だったということにどうも馴染めず、ちょっとした違和感を自分の写真に対して覚える。今年がすでに、それほど消化されたということを、自覚できていない。

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せめてもの曜日感覚確保のため、というより、単なる悪ふざけの領域ではあるが、金曜日の夕食は必ずカレーを作ることにしている。海上自衛隊が似た習慣を持っているということであやかってみた形だが、なんとなくリズムのようなものを保てるような、そういう気分にはなれる。我が家では家事を完全に分野ごとの分担制にしていて、自分は料理担当なので、このところは毎日自炊をしている日々だ。会社へ通勤していたころは、帰りが遅くなることもあるので平日に自炊するのはせいぜい週2日程度だったから、「少ない食材を買って1回か2回で使い切る」のが常だった。それが毎日自炊となると自ずと買う食材量も変わり、そして外食や中食には頼りにくいがために、栄養価のバランスも一層考えるようになる。おかげで献立を考える能力はだいぶ上がったように感じている。それはそれとして、せっかく料理に時間をかけられる状況ではあるので、先日俳優の河相我聞氏がはてなブログで書いていた ラーメン(無化調)を自宅でどこまで簡単に作れるか - かあいがもん「お父さんの日記」 に則り、ラーメンをスープから作ったりもしてみている。茅乃舎のだしは常備していないが、いつぞやもらった日本橋だし場のそれがあったので代わりに使ってみた。この手のちょっと高価な即席だしは、常備しておくと何かと捗りそうではある。

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自炊するのも嫌いではないのだが、こうも続くと自分の作る食事に飽き飽きもしてくる。買い出しに出たときは、そのままついでで中食にしたりもするのだが、スーパーのデリカテッセンにある何気ない弁当が、妙にごちそうのようにも思えたりする。最近はお取り寄せグルメみたいなものにも興味が出てきて、香川の 一鶴 の骨付鳥を注文したり、今年北海道に行ったら絶対買いたいと思っていた、札幌新倉屋のみくにくまコラボ和菓子 を買ったりしてみた。和菓子のほうは今日どっさり届いたので、しばらくリモートワーク中の間食には困らなさそうだ。骨付鳥は来週到着する予定なので、これも楽しみにしている。

ところで家にいるから本を読んだり映画を見たりする時間がふんだんに取れるかというと存外そうでもなくて、可処分時間が増えたという自覚はほとんどない。それは自炊の時間が増えたということにも起因はしているのだろうが、時間があればあるだけ、学びたいことが増えてしまうというのもあり、自分でも「なんでだろう」と思うものの、忙しいという感覚がずっと続いている。『十三機兵防衛圏』がようやく終わりつつあるのと、 Amazon Prime Video で『TALES FROM THE LOOP』を見始めたぐらいがこの1か月でめぼしいところだろうか。本当は昼食を摂ったらコーヒーを淹れて、ソファに座って『零號琴』を読んだりしたいのだが、なかなかそういう時間を作れるに至っていない。『どうぶつの森』が無限に時間を吸い取っていると言えば、それもあるかもしれない。いや、明確にそれもある。そういえば来月には『三体 II』も発売されてしまうし、いい加減積み本を読み進めるべきではある、か。『十三機兵』は次の週末にはクリアしたい。『ハイキュー!』も稲荷崎戦以来積んでしまっているので読んでしまいたい。ああ、そういえば Kindle で無料になっていたので、『天冥の標』も買った(?)のだった。

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どうぶつの森は本当に、ひたすらに時間をもっていく。毎日家具のレシピを集めて、日替わりで売り物が代わる家具や洋服を買い集めて、自分の部屋や島を装飾し、島のどうぶつたちを会話や物々交換をして、親交を深めていく。自分の部屋をコーディネートするのも好きだが、ゲームの中と言えど、自分にとって居心地の良い場所をつくり、気分が良くなる服を集めてファッションを楽しむことが、こんなにも楽しいものかと思う。おかげで今年は春物も夏物も現実では一切買っていないのだが、島の自宅にあるクローゼットには、様々な服がどっさり収納されている。性別の選択ができるもの、それで容姿や服装の選択肢が狭められることがない、というのがなんとも現代的で、僕は「男性」としてプレイしてはいるが、ファッションは常にレディースだ。女性ファッションを現実で楽しむことができないのだから、ゲームの中でぐらい楽しんでみなくちゃ損だろう。『FUDGE』のようなワードローブを作って見たいものだと、常々思っていたのだ。

FUDGE -ファッジ- 2020年 6月・7月 合併号

FUDGE -ファッジ- 2020年 6月・7月 合併号

  • 発売日: 2020/05/12
  • メディア: 雑誌

政治判断によって我々の生活そのものが大きく変化していることもあり、最近は政治的な話題をウェブ上でよく見るようになった。ウェブで一般人も著名人も政治の話をすることについて、人によってはいろいろと思うところもあるようだが、この国はそもそも政治の話をしなさすぎる向きがあるし、たまにはいいんじゃないだろうか。人の口に戸は立てられないというか、好きな著名人が政治の話をし始めてうんざりする気持ちもわかるが、その是非を決めるのは当人や所属事務所なわけで、他人がとやかく言っても仕方なかろう。

僕は感染症の専門家でもないし、今回の件について一次情報などには特に当たってもいないので、行政からの通達には唯々諾々と従うのみである。その妥当性などをある程度自分でも判断はするが、その結果に対して自信を持ってはいない。国や各都道府県の対応が誤っているかどうかは、今の段階ではわかるまいとも思っている。感染者数が他国に対して格段に低く推移している、ということで結果は出ているようにも見えるが、その「結果」が国の対策と因果関係があるとはまだ確定したわけではない。アジア・オセアニアでは日本に限らず感染者数が低水準だという話もあるし、これが国の対策だけに起因した結果とは限らない。だから今の段階で、これまでのプロセスが成功だったとも失敗だったとも思ってはいないし、外出自粛などが過剰だったかも判断はしていない。それがわかるのはある程度時間が経って、様々な側面から科学的検証が行われた後だろう。今はただ、ベストと思われる対応をただただ続けていくしかない。1つだけ国に対して思うところがあるとすれば、絶望的に広報が下手なのはなんとかならないだろうか、と思っている。マスクの配布にしたって、様々なブログで「あれはこういう意図がある」「こういう側面に照らし合わせれば布マスクにも意味がある」という解説がなされているが、それは国が率先してやるべきことだったろう。今回の各知事や、東日本大震災当時の官房長官の広報がそれなりに好感されていたのに比べると、内容の是非以前に、伝えるべきことを伝えられていないとしか思えない。

僕の住む神奈川は、なおも緊急事態宣言の対象として取り残されているが、これも明日には解除されるらしい。だからと言って日常が戻るわけではなく、引き続き過度な外出は控えるべきとされているし、ソーシャルディスタンスやマスクの着用といった施策も励行されていく。さすがにそろそろ髪を切りにぐらいは行こうかと思うが、おそらく1か月後もなお、似たような生活を送り、また似たようなエントリーを書いていることだろう。今の状況に似たフィクションとして、『天気の子』終盤における、すっかり生活のすべてが変化してしまったが、人々がそれに順応しつつある、あの情景を挙げる声を目にしたことがある。まさにその通りで、世界が如何ように変化しようとも、人はそこで、新たな「日常」の営みを始めていくのだろう。もともとは「特殊な日々」を記録するつもりでこのシリーズを書き始めたが、そう遠くないうちに、この日々が「特殊」ではなくなっていくのかもしれない。そう、きっと「大丈夫」なんだと思う。